第23話 決意
そんなこんなで、ナナセは乗り込んだ宇宙船でもボディーガードとして働くことになった。
冥王星までこの船のツアーに付き合い、非常時の用心棒として備える。
この船は元
船はコロニーを出発し、今は再び宇宙空間にいる。
コロニーで一組客が降り、部屋が一つ開いたが、開いた部屋は
ナナセは相変わらず休憩室に詰めている。部屋を使えばいいと言われたが、ここの方が楽だ。客室よりここにいた方がこの船の乗組員っぽいし。
ということで休憩室を自分の居場所と定めたボディーガードは、ある目的のためにドアを出る。
廊下に出ると、ちょうどそこには窓の外を眺める宇宙の王子がいた。
明星は近付いてきたナナセに気付くと、窓際を半歩譲る。
宇宙観覧ではなく彼に言いたいことがあって来たのだが、何だか距離をとられてしまった。
今まで彼は、まるで異様な物に接するようにナナセに接してきた。
宇宙狂で熱烈ボディーガード志望の変な人。彼の目にはいつもそれが映っていた。
しかし今彼から感じるのは戸惑いだ。ナナセが瞳に映るたびに、何か問いたげに美しい湖面が揺れる。
今までの嫌悪や猜疑と紙一重の反応だが、ほんの少し何かが違う。それが何なのか説明する言葉を、ナナセは持っていないが。
そんなアイドルに向かって、ボディーガードは重い口を開いた。
「あの……その、明星さん。コロニーで、その、すいませんでした」
口にすると無茶苦茶言いにくい感じになってしまったが、これがナナセが今言いたいことそのものだ。
しかしアイドルは一層困惑の表情でそっぽを向いてしまった。
「どうして? 俺はあんたに礼を言う理由はあるが、謝罪を受ける理由はないんだが」
「コロニーで離ればなれになったでしょう? あれのことで……」
コロニーで彼と船賃の話をしたとき。
船を降りなければならない、もとい旅が終わるかも知れないというショックで、ナナセは明星を見失った。
そして彼は宇宙港でハイジャック犯に人質にとられてしまったのだ。
ナナセが戻るのがあと一歩遅ければ、明星は人質として、船と一緒に宇宙空間に出てしまっていただろう。
「ボディーガード失格ですね」
「あれは俺が勝手に離れたんだから、あんたのせいじゃない」
本気でバツが悪そうに明星は呟く。やっぱりいつもの皮肉は出ない。
ナナセが言いたいことはもう一つある。
「それで、その……ありがとう、明星さん」
「え」
「明星さんがいなかったら、この旅が終わってたから」
船賃のことはナナセにはどうにもならなかったし、船から追い出されたとして、それ以上旅を続けるための別の案がナナセにはなかった。だからあんなに気落ちした。
今まで目の前の運に飛びついて、ただひたすら前を目指していただけだったから。
ボディーガードになる為には、果たさなければならないことがあるのだ。
そうだ、今度は守らなければならない。この運を運んできてくれた者を。
自らの力で、ボディーガードに成るのだ。明星を必ず冥王星に連れていくと言ったのはそのためだ。
今のナナセの、たった一つの決意だ。
静かにそれを反すうするナナセを横に、明星はふうっとため息をついた。
「この危険な旅をそんなふうに言えるのはあんたくらいだ。……巻き込んだ罪悪感が減ったよ」
やっと皮肉らしい皮肉を言ったアイドルの顔は、心底呆れたふうではなかった。むしろその声音には棘がなく柔らかい。
アイドルは窓の外に目を向けると言った。
「運送屋でボディーガードで宇宙冒険家か。忙しいな、あんたも」
「複数兼業でも今度こそボディーガードの仕事はきっちりとこなしますから、安心して下さい」
「あいよ」
どうやら彼にあったナナセへのわだかまりは多少なり溶けたようだ。
今までになく気さくな返事だった。よかった。
「それじゃ、あたしはこれで」
この先冥王星までまだ道のりは長い。
次の目的地は火星。ナナセにとっては未知の惑星だ。
何が来ても、必ず依頼人を守ってみせる。
今はその決意と共に前に進むだけだ。
「分かんねえやつ……」
バタバタと忙しく去っていくボディーガードの背に、ひそかなアイドルの呟きだけが残された。
ナナセは進んでいく。
……彼がその呟きの後人知れず、ひどく悲しげな表情で窓の外を仰いだことも知らず。
「アイドルは金星を出たか。予想通りだな」
うっすら太陽の光が入る透過パネルの外を、宇宙港入港前の超大型貨物宇宙船が行き来する。
それには目もくれず、歴戦の殺し屋は赤い茶の入ったダブルウォールグラスを前にして、テーブルの上で指を組んでいた。
優美な意匠のグラスから薄い湯気が立ち上る。それと一緒に水星ラベンダーの香りが彼の白髭の先まで届いた。
優雅に構えるその男とは対照的に、若い殺し屋は広いフロアを行ったり来たりしていた。少し落とした視線には焦りがにじみ、眉間には深々とシワが寄っている。
「そんな予想しないで下さい。本当なら金星の中で仕留められたのに」
「依頼人はしびれを切らすかも知れんな」
「それだけの問題ではありません。失敗すれば我々が消されてしまう。……依頼人はそれだけの力をお持ちです」
「警備会社に通じて極秘の情報を流せるくらいだからな。マーズクオリタスとメテオウルブズを撤退させてくれたのは有り難かった」
そこまで言うと、白髭の男は気だるげな態度にふっと仕事の顔をのぞかせた。
「何にせよ、これだけしてもらった以上依頼人の要望は必ず叶える。プロだからな」
「ええ」
若い男は当然とばかりに首肯する。
そんな部下に満足げな視線を送って、白髭の男はテーブルの上のグラスへと手を伸ばす。そして仕事の顔のまま、少しばかり気掛かりになることを口にした。
「しかし今度の依頼人、気前はいいが少しきな臭くはないか? 金星で投入したロボット兵器……あれの持ち主もその依頼人だろう?」
「確かにあんなものまで持ち出す力があるとは、依頼人には我々に明かした顔とは別の、もっと強大な裏の顔があるのかも知れませんが……」
「それを追及しても消される、か」
白髭の男の発言に何か思うところがあったのか、若い男はふと歩みを止めると、グラスの茶が湯気を立てるテーブルへと近寄った。
そしてごくかすかな声で、上司に耳打ちした。
「実はあのロボット兵器、地球から運ばれた形跡があるようです。どころか、製造記録に残されていた座標が、地球と一致したとか……」
そこまで聞いて、白髭の男はかっと目を見開いた。そして先ほどの部下の耳打ちが無意味なほど、天を仰いで大笑いする。
「ハッハッハッハッ!! 面白いな! いや、面白過ぎる!! まさに宇宙の神秘だな!」
若い男は慣れているのか、鼓膜を揺らす哄笑にも微動だにしなかった。
白髭の男はしばらく肩を震わせて笑った後、唐突に話題を変えた。
「しかしその地球産ロボット兵器をもってしても、アイドルの暗殺には成功しなかった。この件にはもう一人謎の人物が関わっているということだ」
「例のボディーガードですか。調べたところ、彼女は本当にただの配達員だったとか」
「視覚に問題があるとはいえメガネ……戦闘用ヒューマノイドを丸腰で退けたのだ。ただの配達員という答えにたどり着いたということは、やはりそいつも異常な存在ということだ。……正体については一つ心当たりがあるが、断言するにはまだ情報が足りないな」
「情報なら新しいものを仕入れてきた者がいますよ」
そこで若い男は一つ指をならす。するとどこからともなく、その人物は殺し屋達の座するフロアへと踏み込んできた。
「コズメイ、参りました」
つい数時間前、かの宇宙船にハイジャックを仕掛けた三兄弟。彼はその三兄弟に、情報屋として紹介された人物その人だった。
コズメイは白髭の男と若い男、二人に向けて恭しく礼をとる。
そして話し始めた。宇宙の王子が乗り込んだ船の情報を。
かの船がツアー船であること、各惑星に24時間ずつ停泊すること、そして船の構成員、乗客数、客層、船の武装状況に至るまで、事細かく知っている情報を漏らしていく。
若い男は静かにその報告を聞いていた。
そして最後にコズメイは、三兄弟から報酬として受け取った鉱石を殺し屋達に差し出した。
ハイジャック犯の三兄弟を常道に帰すため、渡された小さな戦果を。
若い男は鉱石を手に取り、しげしげと眺め回した。
手に取らずに異変に気付いたのは白髭の男だった。
「見抜かれたな」
「え?」
「お前が我々と通じていると見抜かれた、と言った。……その鉱石、ホログラム加工された偽物だ」
その一言に、若い男は慌てて鉱石を床に叩きつける。
強い衝撃を与えられたその鉱石は、見る間にただの石ころへと変貌を遂げた。コズメイが驚愕の表情でそれを凝視する。
「ハッハッハッハッ! してやられたな! あの船には相当の切れ者が乗っているということだ」
またしても白髭の男は大笑いする。茶の入ったグラスが振動にガタガタと鳴った。上る湯気が乱れる。
そんな上司をとなりに、その部下は憂鬱そうに顔をうつ向けた。
「これはまた、手のかかりそうな船に乗ってくれたな……」
そして若い殺し屋はまた一つ、ため息を重ねるのだった。
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