第22話 宇宙冒険家へ2

「あーあー。どうするのよ、あれはいざってときの燃料代としてとっといた、とんでも高級鉱石なのに」

「仕方ないだろ。もとはと言えばお前のせいなんだから」

「戸締まりに気を付けてなかったやつのせいよ。つまり全員連帯責任」


 三兄弟から取り上げた銃をガツンガツン船の側面に叩きつけながら、ドレッドの女はその場を歩き回る。まばら髭も眉間に深いシワを刻みながら、船体に体を預けてうんざりしたような顔で天を仰いでいた。

 エリは、


「あーあ、まだしばらくこのしょぼくれた船の整備士かー」


 そう吐き捨てながらさっさと自分の持ち場に引っ込み、パイロットとおぼしきヘッドバンドの女も、荒らされた船の点検にかかっている。


 三兄弟は戸惑いながらもハイジャックを諦め、船員達からもらった鉱石を持って去って行った。震える声で口々に礼を残しながら。


 あとにはひたすら愚痴るドレッドとまばら髭、そしてその場に呆然と立っているナナセと、優雅にその場にたたずむ明星ミンシンが残されていた。


「チャンスを掴むために他人の船を強奪とはな」


 終始船にもたれかかってことを見守っていたアイドルは、至って退屈そうにそう言った。その顔にはもう張りつめた様子はない。

 いつもの顔だ。いつもの、物事を面白くもなさそうに斜めから皮肉るあの顔に戻っている。

 さっきの表情は何だったのだろう。ナナセの見間違いかも知れないが、一瞬すごく、すごく辛そうな顔をしたように見えた。あれは確か債務奴隷の話が出たときだ。アイドルの彼が何故その話題に反応を……。

 そしてその表情は、まるで何かを取り繕うようにすぐに消えたのだ。


 どっちにしろ、今は先ほどまで人質にとられていたとは思えないほどの落ち着きを見せている。

 思えば会ったときから彼はやけに非常事態への耐性が強いが、今まで命を狙われる機会が多かったのだろうか。

 宇宙の超アイドルともなればある程度胆が据わってるのも頷けるが……。


 ハイジャック、ハイジャック犯の撃退。


 ナナセには度肝を抜かれるような非日常だ。そのハイジャックに相対したこの船の船員達の得体の知れなさも。


 元宇宙冒険家スペースハンターの船とは聞いていたが、船員達の行動は豪快というか、突飛というか、総じて驚くべきものだった。

 躊躇いなく人を撃ったり、事情を聞いて高級鉱石を渡したり、ここまでくると最早荒いのか優しいのか分からない。


 船員達の反応からして、さっきの鉱石は本当に価値のある物のようだ。彼らは口止め料なんて言ったが、そんな高級品を二つも他人に渡すなんて。


 どうやらこの場に姿を現さない、『船長』なる人物が船員達をまとめているらしい。

 船員達は一見ちょっと抜けてるが、船長はとっさの判断力に富んだ人のようだ。姿も現さず、三兄弟が抱える債務の問題とギャングとのつながりに同時に対処してしまったのだから。


 すべてはナナセが期待していた宇宙冒険家のやり方ではない。

 船員達はヘマもしたし、終始いがみ合っていたし、そのせいで動きは鈍く、いらない犠牲も出しそうになった。そして最後には金銭でその場をおさめるしかなかった。

 だが、警備にも頼らずこの船だけで事件をおさめてしまったのも確かだ。


 不安と胸騒ぎとわずかなワクワクが入り交じって結局不安が勝るような、なんとも言えない感覚がナナセを包んでいた。これが宇宙冒険家……か。


 そんな物思いに沈んでいるナナセに、まばら髭がふっと目を向けた。


「ああ、あんたら」


 ボディーガードは思わず肩をビクッと震わせた。

 ……見つかった。さあ、今度はナナセ達の番だ。


 向こうも言いたいことがあるようだが、こちらも言わなければならないことがある。

 船賃の話だ。ハイジャックなんて起きたせいで忘れていたが、船賃の話をせねばならないのだ。せねばこの船に乗り続けられない。

 ナナセは思わず、丸腰の相手に向かって拳を構えていた。


 しかし近付いてきたまばら髭は、開口一番、予想外の言葉を口にしたのだった。


「あんたらにも礼を言わないとな。つなぎのあんたは、ハンターだったのか!」

「え?」

「あれはずいぶん昔に作られた圧縮熱ブレードだろ? 今どきあんな物騒なもの持ってるやつ中々いないぞ」


 少し興奮気味に掛けられたその言葉に、ナナセは握っていた拳を下ろすほかなかった。




「あたしが一番物騒ってことになってる……」

「そりゃあ、まあな」


 まあな、とは何だよ。

 ナナセは宇宙の超アイドルに思わずジト目を向けてしまった。

 まばら髭は構わず、感心しきりで次のようにまくし立てる。


「あんたのおかげで船を失わずにすんだよ。かなめギアに対抗できる武器を個人で持ってるなんて、あんた相当の荒くれだな。身のこなしも中々のもんだったし、それに……」


 勘違いを訂正する隙さえ与えてくれない。


 ナナセの風船ソード……まばら髭が言うところの圧縮熱ブレードは元宇宙冒険家から見ても相当レアな武器らしい。そのおかげで、ナナセは相手にあらぬ予測をさせたようだ。


 すなわち、彼らから見ればそんなバリバリ戦闘向きの超高性能武器を持っているナナセは超危ないやつ……もとい名うての宇宙冒険家だということだ。

 まさかそんな憶測を呼ぶなんてと言いたいところだが、風船ソードについてはナナセも不思議に思うところだ。


 これが元宇宙冒険家から見てもいい武器だなんて。だって祭りの売店で、正直思い出作りのために買った物だ。これが武器とも思わなかった。

 店のおじさんもきっとこの風船ソードが本当の武器だと思って扱っていたわけではないだろう。だとしたらこんなつなぎに売らないもん。


 しかし相手がナナセを宇宙冒険家だと思っているなら、これはチャンスだ。

 ボディーガードは意を決して言葉を紡いだ。


「そ、その、冥王星に着くまでで結構ですから、あたしをこの船でハンターとして雇って下さい!」

「子リス……」

「それで、ただ働きで結構ですから、給料の代わりにこの人を目的地まで運んでもらえませんか?」


 驚きが、文字通り目一杯にアイドルの顔に浮かんだ。


「あんた、正気か? 他人のためにただ働きなんて」

「だって、ほんとに宇宙冒険家になれるんですよ? お金のことなんて気にしてられません」

「はあ?」

「それにあなたを、必ず冥王星まで連れていくって決めたんです。だから、」

「……」


 驚きは戸惑いに、そしてその戸惑いの表情のまま、アイドルは固まってしまった。


「いいじゃないの。ハイジャックが二度と起こらないとは限らないし、その子にこの船のボディーガードになってもらったら?」


 話を聞いていたドレッドが、面白そうにこちらに近付いてくる。

 まばら髭も困惑の表情で頷いた。頷いたが、


「雇うのはいいが、どうして急にそんな話を? ……まさかあんたら二人して、」

「実は一文無しだ。だからこんな話をしている」

「……」


 アイドルとボディーガードは正直に、自分達の金銭事情を話した。

 まばら髭は少し難しい顔で二人の話を聞いていたが、やがて渋々ながらも頷いた。


「金のことは分かった。だがさすがに船賃代わりにただ働きなんてのはさせられないな」

「じゃ、じゃあ……」

「ナナセ君の働きを担保に、船賃の後払いを認めよう。支払いは冥王星に着いてからでいい」

「……! ありがとうございます!」


 ナナセは喜色満面にまばら髭に向けて礼を叫んだ。船賃後払いが認められたことへではなく、この船で働くことを断られなかったことに。

 ナナセの反応の真意を理解しているのか、アイドルは少し複雑そうな表情をしているが。

 それぞれの反応をする二人を前に、まばら髭は腕組みしながらこう続けた。


「船賃はともかく、文無しなら今の食事代だって出せないだろう? 冥王星まで船の用心棒を頼む代わりに、食事の面倒もみよう」

「ほ、本当ですか?」

「船の危機を救ってくれた礼だ」


 これにはアイドルもボディーガードもホッと胸を撫で下ろした。二人はこのコロニーで買い物すらできていない。とりあえず食の確保がされたのは一安心だ。


「ほっ、ほっ、ほっ」

「ワンダフルさん!」


 ナナセを歓迎するようにワンダフルが絡み付いてくる。

 その様子を見ながら、ドレッドは渋い顔で天を仰いだ。


「まったく、乗り合わせた乗客のお嬢さんに船の危機を救われるなんて、情けないわね。……人生には、夢と希望と冒険を。それがあたし達の、宇宙冒険家としての長年の信条だったんだけど」


 その言葉を聞いたとき、ナナセは……。

 瞳が最大限に輝くのを抑えられなかった。



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