第21話 宇宙冒険家へ1
ナナセが
「『渡航制限』のせいで、俺たちはこのコロニーから一歩も外へ出ることはできない。だからこれが最後の手段だったんだ」
苦々しく重たく、その言葉は停泊場の空気に落ちていった。
渡航制限。
その言葉はニュースに疎いナナセですらよく耳にする。
ある事情を抱えた者が、政府に一定の惑星以外への移動を制限されることだ。
一度その渡航制限を受けてしまうと、合法的に渡航制限区域へ移動することは不可能となる。
渡航制限は、元は法を犯した者が他の惑星へ逃亡するのを防ぐための最終手段として課されていた。
しかし次第に、惑星内で多額の借金を負った者に対してもこれは適用されるようになったのだ。
金を返すまで、債務者は他の惑星には逃げられない。債務の回収に苦慮していた多くの債権者達に支持され、この制度は瞬く間に確立した。
そしてそれは一気に下層の人々に広がり、結局生活に苦しむ貧しい人々が渡航制限の贄となった。
彼らは少ない賃金を稼いださきから借金のために徴収され、そのまま生殺しの状態で一生を同じ惑星で終える。
負債による渡航制限者は、『債務奴隷』などという言われ方までする、今の銀河の最下層だ。
この世界で、宇宙に出るというのは決して万人に許された行為ではない。どんなときでも最後には貧富という枷が存在する。
それはナナセもよく知っているが……。
「渡航制限ね。三人ともそうなの?」
「ああ。生まれたときから決まってたことさ。両親は借金まみれ、俺たち三兄弟もいくつもローンを借りて学校を出た。それでこの有り様だ。だけど、」
痩身の男は、懐から一枚のカードを取り出す。そしてそれをドレッドの女に渡した。
「銀河同盟主宰写真コンテスト入賞のお知らせ?」
そのカードに刻まれたホログラム文字を口にして、ドレッドの女は首をかしげる。男はそれに答えた。
「弟は……ミオは才能の塊だ。写真の腕だけで、こんな大きなコンテストで入賞したんだ。なのに、渡航制限のお陰で受賞式に行くことすらかなわなかった」
苦く口元を歪ませる兄の言葉に、ミオなる青年はそっと目を伏せた。
「俺たちは終わってる。どうせ死ぬまで金を返すために働く運命だ。でもミオは違う。弟の才能をこのコロニーで潰すわけにはいかない。俺たち兄弟は必死の思いで、コロニーから出る方法を探した」
そこまで聞いて得心がいったように、ドレッドの女はうなずいた。
「渡航制限者が法外に惑星から脱出する方法なんて一つしかない。……ギャングの手を借りたのね」
「ああ。……逃げるための武器を貸す。船を奪えたらコロニーの外で落ち合おうって」
この辺りを牛耳るギャングに協力を取り付け、兄弟は彼らから武器を借りて逃亡に臨んだのだという。
しかし、
「相手がギャングってんなら、逃亡を手助けする代わりに何かしらの見返りを求められたはずよ。お金もないあんたらが一体何を要求されたの?」
「俺たちが負ってる借金を、自分達に返せと。支払いはいつまででも猶予するし、渡航制限なんてものもない、お前達は自由だと」
「呆れた。そんなの債権者がギャングに替わるだけよ。落ち合ったが最後、どこの惑星にどんな形で売り渡されるか分からないわよ」
ため息混じりのドレッドの言葉に、まばら髭も深くうなずいた。
「非合法に集めた人材は何かと便利なんだ。何をさせられるか分からんぞ」
「非合法でもなんでも、これはチャンスだったんだ」
「ギャングの方はあんたらを『チャンス』で釣って遊んでるのよ。あんたらが例え逃亡に失敗しても、自分達は痛くも痒くもない。その証拠に、」
ドレッドの女は男達から取り上げた銃を持ち出し、天に向けて引き金を引く。
しかし引き金はカスカスとか細い音を立てるばかりで、弾は一向に発射されることはなかった。
「何代前のお古よ。これはオモチャ以下ね。本気で逃亡を助けるつもりなら、こんな武器は貸さないわよ」
壊れた銃をカスカスさせるドレッドから離れて、まばら髭は改めて三兄弟に向き直った。
「君達の事情は分かった。しかしだからといって船をやるわけにはいかないな。これは銀河大同盟建設以前の戦乱を生き延びた大事な相棒なんだ。まあ俺の船じゃないけど」
その言葉に、痩身の男は憔悴の表情でうなだれる。彼自身も、この穴だらけの計画が成功しないことを薄々感じていたようだった。
しかし、
「見逃してくれ」
不意に地べたから聞こえた男の声。
皆の注目を浴びながら、鎧男がふらふらとその場に起き上がるところだった。
彼は先ほど撃たれた胸の辺りを押さえながら、それでもしっかりとした口調で続けた。
「俺達にはもう、後がないんだ。ギャングの手を借りたっていうことがどういうことか、あんた達には分かるだろ?」
かすれるように、けれども強い語気で発されたその言葉に、周りは沈黙する。
その沈黙を破って、飄々とエリが呟いた。
「ま、計画を中断したいなんて言ったら、悪くすれば殺されるだろうな。良くても殺されるかも」
腕を頭の後ろで組ながら、他人事のように放たれた言葉。
しかし言い方は酷だがその通りだった。
法外の手段を使って宇宙に出る手助けをしてくれた
もしあの三兄弟がハイジャックを諦めて今まで通りの生活を望んだとしても、それは最早叶わぬ願いだろう。
一度ギャングと関わりを持ってしまった以上、計画の不履行や中止は裏切り行為だ。警察に駆け込まれるのを厭って、事が明るみになる前に口封じの為に消される可能性もある。つまり彼らにはもう、やり遂げる以外の道はない。
無法者と契約したときに気付いていたかどうかは分からないが、彼らは計画に進退を賭けたのではなく、命を賭けてしまっているのだ。
「どうする? 見逃すのは簡単だけど」
至って冷静な口調でドレッドが呟く。
見逃せば、万分の一の確率かも知れないが、ハイジャックに成功した彼らは宇宙に出、計画は成る。成らなければギャングに消される。
彼女の言葉にすぐに答えられる者はなかった。
再び深い沈黙が落ちようとした、そのときだった。
「わうーん」
「何だ、ワンダフル?」
見れば、小さな背の白い綿毛が、船の中からこちらへ歩いてくるところだった。
今まで姿の見えなかったワンダフルだ。
彼は口に何かをくわえ、トコトコと軽快な足取りでこちらへと近付いてくる。
そしてその口にくわえた物をまばら髭が受け取った。
ワンダフルがくわえていたのは手の平にすっぽり収まる楕円のカプセル。
使い方を知っているのか、まばら髭は迷わずカプセルの先端に付いたボタンを押した。緑色の光とともに、数行の文字列が空中へと映し出される。
それを読んだまばら髭は一瞬驚いたように目を見張ったが、次の瞬間には仕方なさそうに何度か頷き、ゆっくり三兄弟の方に顔を向けた。
「船長から伝言だ。君達が負った債務はどれほどかと」
そして彼はそのカプセルの中に入っていた、二つの石の欠片のようなものを取り出した。
「それは、土星の衛星で手に入れた高級鉱石……!」
ドレッドの女が頓狂な声を出す。
まばら髭はかまわず、それを三兄弟の前に差し出した。
「これを君達に。売ればそれなりの額になる代物だ。……その内の一つをこのコロニーに住む、コズメイという人物に渡せ。住所は書いておく。君たちがギャングと手を切るために話をつけてくれるだろう、とのことだ」
「げっ、コズメイ……あいつの手を借りるの?」
「仕方ないだろ、船長の言い付けだ。この辺りじゃあいつ以外に頼れるやつはいないし、腕は確かだしな」
そして穏やかな口調で最後にこう付け加えた。
「もう一つは君達の借金返済の足しにするといい。少ないかも知れないが、このままではお互い後味が悪いだろう、とのことだ」
三兄弟が驚きに目を見張る。
ドレッドの女はうっ、とばつが悪そうに顔をしかめた。
エリが両手を頭の後ろに回しながら諦めたようにため息をつく。
「船長……。またとんだ大盤振る舞いだな」
「まあ、ギャングと手を切るには金が必須だし、債務奴隷の問題も結局金で解決するしかないからな」
まばら髭もため息混じりにそう言う。
どうやら『船長』なる人の計らいで、高価な鉱石を三兄弟に譲ることになったらしい。
しかしいきなり超高級品をくれるという船員達の行動に戸惑っているのか、三兄弟はなかなか鉱石を受け取ろうとしなかった。
そんな彼らに、しびれを切らしたドレッドが迫る。
「いいから受け取って。ただで渡そうってわけじゃないわ。これはあたし達からの口止め料よ。もしさっきのことをサツにたれ込んだりしたら、そのときは……」
先ほどの壊れた銃を天に向けて撃つ仕草をしながら、鬼のように凄みをきかせる。
その形相に、三兄弟はそろって生唾を飲み込み、最後にはこくんと頷くしかなかった。
ここに、乗りかかった船に降りかかったハイジャック事件は終結した。
わうーん、とワンダフルが機嫌良さそうにその場に一鳴きを残した。
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