第20話 収束

「やっぱりこんなことはやめよう、兄さん! ひとの船を奪うなんて……!」


 睨み合うナナセと作業着の鎧男の下方、貨物室側の搭乗口の方から声がした。


 船の周りにいる全員の視線が一気に集まる。そこには一人、新顔の青年がいた。

 

 青年、と言ってもそばかすの浮いた顔にはまだ幼さが残り、着ている服の上からでもかなり線が細いのが分かる。

 潤んだ青い瞳が、不安げに鎧男をとらえていた。


 しかしその青年の言葉に答えたのは、鎧男ではなく、


「黙ってろ、ミオ! 全部このコロニーから出るためなんだ! お前のためなんだ!」


 コックピット側の搭乗口から、ヘッドバンドの女に腕を後ろに押さえられた男が顔を出す。

 奥には明星もいる。どうやらコックピットの中の面々は無事らしい。


 一方ミオなる青年に「兄さん」と呼ばれた鎧男は武器を構えて微動だにしないまま。ナナセから視線を離さない。

 絶対に退く気はないらしい。


 ナナセはぐっと炎の剣を持つ手に力を込めた。

 二人の間に、いや見ている者達全員に再び緊張が走る。


 そのとき、チッと短い舌打ちとともに、何かが空気を切り裂くような音が聞こえた。

 鎧の男が膝からくずおれ、その場に倒れる。


 何事かと皆の視線が集まる中で、ドレッドの女はことも無げに、構えていた細身の銃を下ろした。


「人質がいなけりゃこっちのもんよ。武器を隠しといてよかったわ」


 そう言う彼女のズボンの裾は少し上がっている。

 どうやらそこに、ハイジャック犯達にバレぬよう銃を隠していたらしい。

 彼女は更に自慢気に言葉を続ける。


「大丈夫。ほぼ空砲よ」

「めちゃくちゃ当たってるだろ! お前が罪を犯してどうする!」


 まばら髭はドレッドとは反対に、血相を変えて彼女に詰め寄った。


「『ほぼ』って言ったでしょ? ショック銃よ。実弾は入ってないの。武器に当てるつもりだったけど体に当たっちゃったわ」


 こともないようにその答えが返ってきて、まばら髭は安堵したのか気が抜けたのか、ストンとその場に尻餅をついた。


 驚いているのは彼だけではない。この場に今立っているほぼ全員がドレッドの女の行動に目を見開いている。


 特にヘッドバンドの女に腕を押さえられている男は、唖然とした表情で口をあんぐりと開けている。

 人質が解放されたと分かるや躊躇いなく発砲されたことに驚愕しているようだった。


 ナナセも驚いていた。

 ミオと呼ばれた男もがく然としてその場に立ち尽くしている。

 そんな者達に追い打ちをかけるように、ドレッドの女は銃口を高く掲げて言った。


「あんたらも動かないで。動くと命の保証はないよ。……うい~っく」


 し、締まらない。

 酔いが回っていたせいで的を外したということか。

 しかし、締まらないけどその言葉に込められた実行力は本物だろう。彼女は人に向けて銃を使うことに、多分慣れているのだ。


 ハイジャックに関わっていると思われる男達は、素直にその手を上げた。





「まさかもう一人隠れてたとはね」


 眼前に座り込むハイジャック犯の男達を前に、ドレッドの女は仁王立ちしながらそう言った。


 どうやら形勢逆転のようだ。

 ナナセは事情を知らずにいきなり船に飛びついてしまったが、船はまさにハイジャックのただ中にあったらしい。

 明星を狙った暗殺者の襲撃ではなかったことには一安心だが、それでもこれは看過される犯行ではないだろう。


 乗組員達はハイジャック犯達を縛り上げこそしないものの、無力化された彼らを全員で取り囲んでじっとりと睨みつけている。


 ハイジャック犯の、銃を持っていた男と途中で割り込んできたミオという青年。二人は乗組員達の真ん中で座り込んで、心配そうに傍らに倒れる装甲の男を見ている。

 どうやら彼はドレッドの女が放ったショック銃で撃たれて伸びてしまったようだが、気絶しているだけで命に別状はなさそうだ。


 その光景を尻目に、ナナセと明星は蚊帳の外にいた。

 明星は優雅に腕を組んで船の装甲にもたれ、最早ことの成り行きすら興味なさげに構えている。様にならないので、いい加減アヒルの着ぐるみは脱いでいた。


 事件に巻き込まれはしたが、二人は一応乗客という立場なのだ。船がハイジャック犯にどのような判断を下すのかには首を突っ込めない。


 しかしハイジャック犯と乗組員達を視界の隅にしながら、ナナセの頭には一抹の不安がよぎっていた。


「ハイジャック犯を捕まえられたのはいいけど、すぐに警備を呼ばないなんて……まさかこの船、ちょっと危ない船なんじゃ……」


 言葉を詰まらせるボディーガードに、明星は明後日の方を見たままつぶやく。


「乗組員達がやつらを私刑に上げるのが心配でこんな所にいるのか?」

「そ、そりゃ、まあ……」


 これにもナナセは歯切れ悪く返すしかなかった。


 これが元宇宙冒険家の船……。非常時にはどのような対応をとるのかを、まざまざと見せつけられた気がした。裏を返せば彼らには法を越える覚悟があるということだが……。


 もともと惑星の法に縛られないのが宇宙冒険家だ。しかしその限度を超えて、犯罪まがいの行為をする宇宙冒険家が存在するのも確かだ。


 この船の乗組員がそうだという確証はないが、本当にハイジャック犯達を私刑に上げ始めたら止めなければ。今だって何か物凄い剣幕で相手を脅してるし。


 しかし躊躇いなく人を撃つところを見せられて、まさか動揺したなどとは明星に言えない。

 ボディーガードなのだ。これから宇宙の冒険が待っているのだ。それなのに。


 握り拳に汗を握るナナセに対して、まったく気合いの入らない調子で明星はぼやく。


「俺は冥王星に連れて行ってくれるなら、どんな船でもいいんだけどな」


 その言葉にナナセは、ここにきて更に不安の谷に突き落とされた。


「そうだ、お金の話……。あたし達も無賃乗船者なんだった……」


 まさかのハイジャック犯の彼らと同じ立場というわけだ。


 ……これはホントに宇宙に放り出されるかも。


「金の話なんてもうどうでもいいだろ。その前にハイジャックのせいで宇宙の旅が終わるところだったんだからな」

「……」


 どこか投げやりな明星の言葉に、ナナセはうつむくしかなかった。元はといえば自分が明星を放ったせいで……。


 一つ息を吸い込むと、ボディーガードは、アイドルにある決意を伝えるために口を開こうとした。


 話がまとまった乗組員達が、犯人達に向けて口を開いたのも同時だった。





「さて、あんたらもあんたらだけど、あたしも手元が狂って体に撃ち込んだ以上、すぐに警備に連絡したりはしないわ。話を聞こうじゃないの」


 腰に両手を当てて、ドレッドの女は居丈高に言う。その姿にまばら髭はため息を漏らした。


「当たり所が悪ければ、お前の酒乱のせいで一人の犠牲者を出すところだったんだぞ。いい加減酒は控えろ。というか飲んだら撃つな」

「仕方ないでしょ、非常時だったんだから」

「非常時に備えるのがお前の仕事だろ。まあ、今はそんなことはどうでもいい」

「そうよ。……改めて、どういう訳で誰の船に手を出してんのよ! ああ!? ……まあ、あたしの船じゃないけど」


 女は、既に降参の姿勢の相手に恐ろしい凄みをきかせて言う。

 ハイジャック犯達はそれを前にただ顔をひきつらせていた。

 その姿が何とも哀れみをさそう。服装からして彼らも何か訳ありなのは明らかだが。


 まばら髭もそう思っていたようで、


「どうして他人の船を奪おうとしたんだ? 宇宙に出るならもっと穏便なやり方だってあるだろうに」


 そう至って落ち着いた口調で、怯える犯人達に尋ねた。


 犯人達はしばらく口ごもっていたが、やがて意を決したように最初に銃を持っていた男……痩身でつり上がり気味の眉をした男は答える。


「俺達には『渡航制限』がある。だから船が欲しかったんだ」


 不意に、ナナセの視界の隅で明星の顔がこわばった。気がした。

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