第19話 人質・明星4

 コックピットの中の動向を、カエルのような格好で見ていたナナセは首をかしげた。


 あれ? 男が一人コックピットを出ていった? 一体どこに……。


 直後、コックピット内で何だか知らないが反乱が起こった。

 銃を持った男が明星ミンシンに突き倒され、ワンダフルにのしかかられる。そのまま取り押さえられる格好になった。

 そして操縦席の女性が何か操作をし、船のエンジンが止まったのだ。


 コックピット内の動きはそれだけではない。何故か明星が慌てた様子で窓まで寄ってきた。

 血相を変え、アヒルボディを必死に動かして、ナナセに何かを伝えようとしている。


 え? 何? 上……?

 上から来る? そこから離れろ? なんで?


 悠長に構えるナナセにかまわず、ドンッと、何処かで何かが開くような音がした。


「気を付けろ! 来るぞ!」


 今気付いたが、船の外にいた乗組員の面々も上を指して叫んでいる。


 な、何だろう。

 とにかく窓に張り付けていた手足を動かして、何とか上までよじ登った。そのままコックピットの屋根に乗る。


 乗ったけど、……いや実に壮観だな。

 宇宙船の上に立って、そこからまじまじとそのボディを見渡すなんて。


 改めて見ると、この船まるで大きなヤドカリみたいだ。

 後ろの客室部分や格納庫部分が大きな巻き貝のようになって、そこからコックピットが突き出している。そしてそのコックピットの下に、地上を移動するためのものなのか巨大なロボット脚が数本。脇にはこれまた巨大なハサミのようなアームが付いている。


 塗装はまばらに禿げ、接続部に油をさして使い継いでいるかのような格好で、どう見ても最新型の船ではない。しかし何とも言えない味のある外観だ。


 そんな呑気な感想を抱いている場合ではない。


 何かが開いた音のした方向。ヤドカリの頭の端に掛かった梯子を誰かが上がってくる。

 さっきコックピットを出ていった男だ。


 頬骨が張った精悍な顔。着ているのはあちこち破れ、くすんだ色の作業着だ。

 それが何でこんな所に。いや、暗殺者ってのは結構普通の格好してるからな。彼もそうなのだろうか。


 考え込むナナセにかまわず、同じく屋根に上った男は作業着の左腕の袖を上げた。

 そしてそこからのぞいた物は、


「鎧……?」


 袖が肩まで上げられると、そこには彼の腕を包む、装甲と機械を合わせたような物があった。

 上腕を守るような無骨な薄い金属板に、二の腕に絡みつくように銅線がむき出しの雑な装甲パーツ。それに何故か大きな水晶のような物が付いている。


 さらに不思議なことに、その装甲というのがかすかにブオンブオンという音を立てているのだ。


 それに気付いたドレッドヘアの女が叫んだ。


「逃げて! あれはかなめギアよ!」

「要ギア?」


 呆然としていたナナセに向かって男が駆けてくる。

 左腕を前にして、ナナセの油断を突くように物凄い速度で。


 ナナセは相手のタックルを思いっきり食らってしまった。

 そのまま結構な距離吹っ飛ぶ。


 何とかギリギリで船から落ちずにすんだが、さっきのタックルの威力、どう考えたって常人の力ではない。


 起き上がって顔を上げると、さっきの一撃でカタが付くと思っていたのか、男が目を見開いてこちらを見ていた。


「さっきのを食らってまだ立てるのか? 今度こそ」


 今度はナナセも受け身をとった。走ってきた勢いのままに自分を突き落とそうと伸びてきた男の腕を瞬時につかむ。

 そのまま二人、押し合いの格好になった。

 どちらかがどちらかを突き飛ばそうと、互いの腕の間で力が均衡する。


 男の腕の装甲から出る音がキュルキュルと高くなる。距離が近い今は、それが熱を持っているのが分かった。フルパワーで回転して、ナナセを船の外に押し出そうとしているのだ。


 踏ん張る踵が、数ミリずつ宙に押し出されていく。


 ナナセは久しぶりに腕に力を入れた。今までどんな荷を持ち上げるときにも使う必要がなかった力を。

 今度は男の足が少しずつ後ろに下がっていく。ナナセが押し返す力に逆らえずに。


「そんな……あの子、素手で要ギアと互角に渡り合ってる?」


 乗組員の面々が驚嘆の面持ちでこっちを見ている。


 ナナセはそのまま思いっきり力を込めて、自分に伸びている腕を突き飛ばした。

 尻もちをつく格好で男が倒れる。


「い、今だ! 要ギアの核を壊すんだ!」


 出し抜けに、まばら髭の乗組員が叫んだ。


 要ギア? ……の核? って何だ?

 あの水晶のような物のことか?


 よく分からないが、ナナセはそれとおぼしき物を壊そうと前に踏み出す。

 しかし、


 ふいに、尻もちをついている男が右腕の方を前に差し出した。


「……強いな。だが、これで退いてくれないか?」


 それは手の甲に取り付けられた、これまた水晶のような物だった。それが右手中に導線を張り巡らし、指の隙間に配置された細い筒にエネルギーを貯めて、静かに発射のときを待っているようだった。


 まだ武器があったか。


 男の右手に絡み付くあれは恐らく、恐らくだけどエネルギー砲の一種だ。


 す、すげえ。

 じゃなかった。それを自分に向けて発射される危機なのだ、今は。何とかしなければ。


「そっちこそ、これで退いて下さい」


 ナナセはとっさに腰のベルトに手をやると、まだそこに差していた風船ソードを掲げる。


 しかし何故か、それを見ていた相手は一瞬呆気にとられた顔をした。

 ああ、そうだ。スイッチ、スイッチ! スイッチ押さなきゃこれはただの風船だ。


 ナナセの手の中で、一本の火柱が高く燃え上がる。今度はエネルギー砲を構える男も、驚いたように目を見張った。


 二人の間に沈黙と緊張がたちこめる。

 お互い一歩も踏み出せずに、未知の武器を手にしたまま睨み合った。


 そんな中に、


「もうやめよう、兄さん!」


 またもや声は響いた。

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