第15話 コロニーとアヒル2

 何だかんだあって数分後、着ぐるみのアイドルとつなぎのボディーガードはコロニーの宇宙港へと降り立った。


「ようこそ、コロニーへ。お降りになった船の識別番号です」

「識別番号?」


 船の搭乗ステップを下りるやいなや、近寄ってきた宇宙港のロボットはナナセに何かを手渡す。

 しかしそれが何か分からずあたふたしている間に、ナナセ達を乗せてきた船は走り去ってしまった。ええ?


「停泊場に行ったんだよ。ここは乗客を降ろすための降り口」


 びびっているボディーガードに、着ぐるみの明星ミンシンが渋々といった感じで説明してくれる。

 な、何だ。じゃあ帰りはどうやって船まで戻ればいいのだろう。

 どんな外装かもよく覚えてないのに。


「その番号。今もらった識別番号を係のロボットに見せれば、自分の船の前まで連れて行ってくれるんだ」

「へ、へえ。詳しい」


 アイドルの言う通り、だるまボディにニッコリ顔が貼り付いたロボットが渡してきたカードには、何やら数字の列が並んでいる。


 惑星やコロニーに入港する宇宙船には一隻ずつ識別番号が振られていて、便利なことに、それを宇宙港の係員に見せれば船の前まで案内してくれるのだ。


 便利だが一つ残念なのは、識別番号に戸惑ったせいで元宇宙冒険家スペースハンターの船の外観がよく見られなかったことだ。後ろ姿はなんだか、大きいタニシみたいだったけど。もっとじっくり見たかったな。


 そしてさらに数十分後、ナナセと明星、二人の上にはコロニーの人工青空があった。

 自動運転カプセルで広い宇宙港の外まで連れていかれ、目の前はもうにぎやかな繁華街だ。

 人々が行き交い、商店が立ち並び、それをビルが囲んで。徒歩で過ぎていく景色は金星の街中とそう変わらない。しかも今は金星同様に通りはお祭り気分で、あちこちに露店が出ている。


 写真でしか見たことなかったけど、コロニーの中ってこんな感じなんだな。

 キョロキョロと観光客丸出しのナナセに対して、明星はただ着ぐるみの中で黙り込んでいる。

 黙って正面を見据える瞳はキラキラで、そんな愛嬌のあるものがただズンズン前を目指して歩いている姿が異様過ぎて、道行く人は誰も絡んできたりはしない。明らかに中身が着ぐるみ愛好家ではないのが分かるから。


 しかし既存のキラ目からでは視界が悪いのか、時々くちばしをパクパク開けて前方を確認している姿がかなりシュールだ。


 街中はかなりの数の電光掲示板や立体映像広告で彩られ、ニュース番組も頻繁に流れている。金星祭りが同時中継されて、一緒に祭りを楽しんでいるようだった。

 それの他に流れる時事も金星とほぼ同じだ。


 しかし驚きだったのは、宇宙の王子が行方不明になったというニュースが一切流れていないことだ。

 最近話題の地球付近で乗り捨てられた船が見つかったとかいうニュースばかりで、行方知れずのはずのアイドル・明星のニュースはまったく耳にしない。


 そしてニュースはすぐに、金星の話題からこのコロニーの工場を爆破して逃走した低賃金労働者達の話に切り替わってしまった。

 彼らはいまだ逃走中とかで、道行く人々は恐いわねえとか、やっぱり外から人間を入れると治安が悪いなとか、でもここまでは逃げて来られないだろうとかそんな噂ばかりだ。


「……このコロニーにも安い労働力がわんさか流れ込んで、酷な仕事を任されてるからな」


 街中に出て一言目だろうか、明星は先程のニュースが気になったのか、着ぐるみの中でぽつりと呟いた。


 なんだか張り詰めた声音だ。しかしアヒルだ。

 まるで今日のニュースを辛辣に取り上げるワイドショーのトーンだったが、いかんせんキラキラ目の着ぐるみが邪魔をしている。


「何だよ」

「い、いや……」


 まじまじと見ていたら逆に見つめ返された。

 しかし彼が宇宙船の乗り降りだけでなくコロニーの社会情勢にまで詳しいとは。

 いや、そこは宇宙の超アイドル。銀河をまたにかけて仕事をしているのだ。知っておかなければいけないことは数知れずだろう。それだけ多くの人の前に立つ仕事だ。


 このコロニーにだって彼の仕事は輝いている。

 通りを照らす、クルクル回る3D広告塔。あれは化粧品会社の広告塔だ。明星はキラキラした綺麗な瞳で、シャツを気崩し憂い顔でこちらを見ている。


 あれが果たして自分のとなりを歩いているのと同一人物だろうか。

 今顔見えないからわかんないや。広告で発揮されている輝きは今、すべてアヒルの着ぐるみの中に隠されている。


 他にも何かにコミットする栄養剤の広告とか、流線形ボディの最新型ホバーカーの広告とか、いつどこで宇宙船がぶっ壊れても駆け付けてくれる保険会社の広告とか、コロニーの新アパート入居者募集の政府広報とか、いたる所に明星はいた。


 でも今となりを歩いているアヒルさんは、エージェントの前ではちょっと威張っているが、普段は機嫌こそ良くないものの寡黙で思慮深く皮肉っぽい若者だ。

 何がなんでも冥王星にたどり着こうと躍起になっている以外は、有名人といえどそんなに変わった人には見えない。


「ダックさん」

「ダックさんって呼ぶな」

「そういえばダックさん、旅の間のお仕事は? 撮影とかいっぱいあるんじゃないですか?」

「そんなのは事前に撮っておくんだよ。この旅に合わせて、仕事は終わらせてきた。あとはツアー開始までに目的地に着ければいい」


 やっぱりエージェント達まで見捨てて、冥王星にたどり着くことにずいぶんご執心だ。今度のツアー、そんなに大事なんだな。


 そんなことを考えていると、

 

「そういうあんたは、仕事、ホントによかったのか?」


 珍しく明星の方からナナセに切り込んできた。

 仕事……ナナセが行方不明扱いになって、休職状態になった運送屋の派遣ドライバーのことか。

 行方知れずになる、なんて一発派遣契約破棄かと思ったが、よほど人手不足なのか、契約は維持されたまま、ナナセは運送屋に留まることになったのだ。

 まあ要領の良し悪しはともかく、腕力は重宝されてたからな。

 だからナナセはまだ、金星では運送屋なのだ。


 明星のボディーガードが冥王星までで終わるかどうか分からないが、いつまで続くかは未知数だ。その後のことは運送屋しかナナセには保証がない。だから今は、


「だって、宇宙ですよ、宇宙。しかも運よく元宇宙冒険家の船に乗れるなんて。今の内だけだとしても、やっぱり夢みたいですよ。もしまた運送屋に戻ったら、今日のこと思い出して頑張ります」


 ふと、着ぐるみの明星が再びナナセを見つめるのを感じた。何だろう。何か変なこと言ったかな。

 明星はほんの数秒こっちを見ていたが、すぐに正面に向き直ると話題を変えた。


「あんたが騒いでる宇宙冒険家って、一体何なんだよ」

「え、ダックさんも宇宙冒険家に興味あるんですか?」

「……」


 明星は決して是とは言わなかったが、構わずナナセは意気揚々と語り出していた。


 宇宙冒険家。その名の通り宇宙を冒険する者達のことだ。決まった定義はない。


 惑星開拓時代に墜落した船から貴重な部品を回収したり、未開の惑星で新鉱石を掘ったり、その途中で宇宙怪獣と戦ったり。


 そうやって名声を集めた者達はいつしか宇宙冒険家と呼ばれるようになった。

 そして銀河に轟くほど有名になったハンター達は、時に惑星の要人警護に雇われたりもするのだ。


 そう、彼らが業としているのは宇宙の宝探しだけではない。

 内戦中の惑星で、宇宙港を閉ざした政府に代わって住人を他の惑星に逃がしたり、冤罪で収監された人を辺境の監獄から保護したり。ときには惑星の法や銀河大同盟の法に触れる義賊のようなハンターも存在する。


 貧しく困難な状況にある人々を救う宇宙冒険家は、民衆からも人気を集める超人的な存在なのだ。


 そう、お金なんかなくても彼らは……。しかしそこまで明星に説明して思い出したことが一つ。


「ってそうだお金! あたし持ってないですよ!」


 今から買い物に行こうというのにすっかり忘れていた。手ぶらじゃコロニー土産一つ買えないではないか。

 いやそれより、船! 船のお代が払えない!


 乗り込んだときにまばら髭さんは何も言わなかったが、客船に乗ったのだ。冥王星到着までのどこかで絶対に船賃を要求される。

 考えてもいなかった。二人ともほぼ着の身着のまま宇宙船に飛び込んだのに。


 一体どれほどの金額を要求されるだろう。

 あの船はツアー船だ。こうしてコロニーに停泊したり、手厚いもてなしをしてくれるということは、相当の額を提示されるはずだ。


 ナナセは元々宇宙を夢見る、運送屋の派遣ドライバー。宇宙に出る資金がないからこそ宇宙を夢見る派遣ドライバーだったのだ。

 月のクレーター見学に行くお金すら持っていない。


 というわけで……ここは明星に頼るしかないな。

 彼もナナセと同様手ぶらで宇宙船に乗り込んだというが、たとえ今手持ちがなくても銀河ネットワークマネーという手がある。

 広い宇宙をつなぐ銀河ネットワーク。それに登録された自分の生体番号を入力することで、いつどの惑星でも貯金は引き出せるのだ。

 宇宙の超アイドルだし、きっと大金持ちなんだろうな。


 しかし、


「だ、ダメだ。俺には預金口座がない」


 返ってきた答えに、ナナセは息を飲んだ。


「口座がないって……ダックさん……まさか」

「違う! 借金なんてない! 金は全部『明星財団』に入ってるが、資金の管理は専門家に任せてるから、」

「ざ、財団? じゃあ船のお金払えないじゃないですか……」


 これは、これは……。


「宇宙……終わった……」

「ああ、おい子リス!」 


 着ぐるみ明星の声ももはや耳に入らない。

 ナナセはがっくり肩を落として、ショックにうちひしがれながら通りをふらふらとさ迷い始めた。

 道行く人が何事かとこっちを見ているが、今は気にならない。気になるのはただ一つ、無銭乗船がバレて宇宙の旅が終わりになることだけだ。

 そうなったらこれからどうすればいいのだろう。


 しかしそうしてがっくり歩いているうちに、


「あれ、明星さん?」


 いつの間にか着ぐるみのアイドルを見失っていたのだった。


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