第16話 人質・明星1
「仕方ない。俺が話してくるか……」
ため息混じりにつぶやくと、
ここはコロニーの宇宙港。
アイドルはナナセを置いて、自分だけ一足先に船に戻ってきていた。
手持ちがない故に宇宙の旅が終わるかも知れない。その事実に打ちのめされてうなだれる子リスは面倒なので、人ごみに紛れて撒いてきてしまったのだ。
まだ無賃乗船者として船を追い出されると決まったわけではないのに。
とはいえここからが明星の本領発揮だ。
使いたくはなかったが、ここは芸能人パワーを利用するしかない。
冥王星に着いた後でなければ船賃を払えないと、船員に正直に話すのだ。この顔に免じて、どうか支払いは待ってくれと。
そのために、もっきゅもっきゅとアヒルの足を動かして、やっと船まで戻ってきたのだ。
船は宇宙港の格納パッド、もとい屋根なしの広場に番号付きのサークルが描かれただけの簡単な停泊場に置かれていた。
周りには少しずつ離れて他の旅客船が停まっている。
おそらく短時間しか滞在しない旅行者のためのパッドだろう。整備艇がうろついている他は実に閑散としたものだ。
ふう、と一つため息をつく。
大金がかかる宇宙の旅は信用必須だ。
船賃を確実に回収するために、大半の船は料金前払いが当たり前なのだ。事前に金額が決まっていない場合でも、ある程度前金を渡さなければ普通は乗せてくれない。
ナナセと明星は勢いで乗船を許可されたが、普通の一般人なら金がないと分かった途端船から放り出されるだろう。
しかし明星はアイドル。宇宙の王子。この顔自体が信用になるはずだ。
そう、このアイドルの顔ならなんとか。
ちょうどよいことに、通路の向こうから例のまばら髭乗組員がぶつぶつ言いながら歩いてくるところだった。
「まったく。パーシーのやつ、また船の戸を開けっぱなしにしてるな。……って、ああ、旦那。もうお帰りで」
手元の帳簿から顔を上げると、彼は明星にそう声をかけた。
船に乗ってしばらく。明星はいつの間にか乗組員達から『旦那』なんて呼ばれ方をしている。
何かを期待されているのかも知れない。
一体何を、と言いたいところだが、それは明星がこれから口にしようとしている何かに関係することだ。分かっている。
「あ、あの」
「無用心なもんだ。近頃は荷物に紛れてこっそり船に乗り込む無賃乗船者が増えてるってのに」
「……」
「まあ、旦那には関係のない話か。愚痴を聞かせてすまなかったね」
「あの、その船賃のことだが……」
「ああ! そういえばまだお代の話をしてなかったね。旦那達は冥王星までだから……」
「そのことなんだが、実は、」
まごまごする超アイドルの言葉は、
「大変よ!!」
コックピットの方から猛スピードで現れたドレッドヘアの女の声にかき消された。
まさに血相を変えている同僚に、まばら髭が慌てる。
「一体どうしたんだ、ルミナス・ブルー! お客の前だぞ!」
「それどころじゃないわ。船に無賃乗船してる不届き者がいるのよ!」
ギクっ。
「何だって? 無賃乗船者だと?」
「ええ。さっき格納庫の荷物の隅に不審な人影がいるのを、エリが発見したの。後を追ったら、素早いことにそいつらどこかに行方をくらましたらしいのよ」
「そんな、じゃあまだこの船の中にいるってことか? クソっ、だからあれほど船の戸締まりには気を付けろと言ったんだ」
「今そんなこと言っても仕方ないでしょ。とにかく、船の隅々まで見て回るのよ!」
「言われなくても分かってる! しかしお前じゃなくてエリが不審者を見つけるなんて、それでも警護担当なのか!?」
「たまたまその場に居合わせなかったんだから仕方ないでしょ! 過ぎたことをグダグダ言うんじゃないわよ!」
そんな風にけたたましく言い合いながら、船の乗組員二人はさっさと明星の前から消えてしまった。
「ええ……?」
明星は一人置いていかれた。
どうやら無賃乗船者とは明星達のことではなく、別の無賃乗船者がこの船に乗り込んでいるらしい。
これは命拾いしたということなのかどうなのか。結局、金の話は先延ばしになってしまった。
しかし無賃乗船者をあんなに血眼で追い回すなんて。
実際に後払いの申し出をしたらどうなるだろう。即座に叩き出されるかもな……。
そんな風に考えを巡らせていたからだろうか。
青年は、すぐ側の明かりのついていない客室のドアが、スーッと開いたことに気付かなかった。
「……!」
不意に後ろから伸びた無骨な手に、アイドルの口は乱暴にふさがれた。
「ボディーガード失格! ボディーガード失格だ!」
ナナセは走っていた。
まさか気落ちしてる間に依頼人と離ればなれになるなんて。ボディーガード失格だ。
確かに宇宙の旅が終わるのは悲しいけど、今は依頼人の警護が第一なのに。
通りに並ぶコロニー土産の店が声を掛けてくるが、今は立ち寄っている場合ではない。
ダックさん、いや明星……宇宙の超アイドルは一体どこに?
あんなに目立つアヒルの格好だったのに、一向に姿が見当たらないなんて、もうずいぶん遠くに行ってしまったのだろうか。
いずれにしろ祭り客が多くてよく周りを見渡せない。
「ダックさん……」
呟く声は、ごった返す人々の群れに吸い込まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます