第14話 コロニーとアヒル1

 夢にまで見た宇宙船の旅。

 しかし夢の時間にも、衣食は自分で何とかしなければならない。


 各惑星に24時間停泊するこの船では、冥王星到着までかなり時間がかかる。

 そしてその船に乗り込んだ明星とナナセ、二人は急な乗客だ。当然食事の用意など何もない。通常の乗客なら持ち込んでいるはずの旅荷物すらない。

 手ぶらで宇宙旅行を決行している相当変わった宇宙旅行者だ。


 しかしそんな不思議な話を聞いたこの宇宙船の乗組員は、二人に近くのコロニーである程度の日用品を調達するようすすめてくれた。突然乗り込んだ客にやっぱりなんて親切なんだろう。

 旅荷物がないなら船にある古着くらいは貸すと言ってくれたし。


 ちなみにその言葉に甘えて、ナナセは整備士用のつなぎを借りて着替えた。

 というのも、アイドルを救うために地面を転がったり駆け回ったり、お掃除係として支給されていたつなぎが結構大変なことになっていたのだ。清掃員用つなぎから整備士用つなぎ。正直見た目はそんなに変わらない。

 アイドルは着替えの服なんてどうでもいいと予想外の反応を見せたが、いかんせん食事は買ってこないとどうにもならない。

 

「次のコロニーで、ちょっと買い物してきましょ」

「あんただけ行ってきてくれ。食べ物なんて適当でいいから」

「芸能人の好みなんて分かりませんよ。……ホントに適当に買ってきたら文句言いません?」

「っ、俺の何を知って、」


 しかし苦い顔で食ってかかってきた明星に、ナナセは満面の笑みを返した。


「それに、ボディーガードが依頼人と離れるわけにいかないでしょ」

「……」


 明星は浮かべた。余計なことをしたという顔を。




 ナナセとアイドルがボディーガードとその依頼人として適度な距離をとりつつ過ごしている内に、船は予定通りコロニーに到着した。


 着陸した宇宙港の規模からも分かるが、まるで惑星と変わらないかなり巨大なコロニーだ。擁する都市も大きい。

 有名な商業施設が揃い、娯楽場も充実している。雑多なビルやアパートが通りに何棟も並んで、金星の住人から見ても結構な都会だ。


 このコロニーは金星への中継地点の役割を担っているが、元々は、月の銀河同盟軍基地で働く軍人のために作られた街だという。長い任務についている彼らが派手に遊びに来て金を落としているのだ。

 娯楽の街ゆえ治安はまずまずのようだが、外部から流入する人口は増え続けているらしい。


 宇宙船の乗組員が気をきかせて用意してくれた時間は三時間ほど。その間に必要な物の買い物をすませなければならない。


 しかし外に出るなら明星も着替える必要がある。自然に、顔が隠せる格好に。


 あの翼竜は宇宙空間まで追ってこなかったとはいえ、ここはまだ金星から遠くない。まさかとは思うが、また暗殺者が現れる可能性がある。


 それに加えて彼は銀河に知れ渡った有名人。

 ナナセは芸能人に疎かったから初めて会ったとき分からなかったが、残念ながら彼ほどの有名人となるとサングラスぐらいでは正体を隠しきれないのが常らしい。それが明るいコロニーの中となればなおさら。

 そこで頭からつま先まで隠せる格好を考える必要があるのだ。


「だからって、なんで俺がアヒルの着ぐるみを……」


 渡されたものを前に、渋面のアイドルはさらに言葉をなくした。


 古着を貸してくれるという船の乗組員に頼んで、持ってきてもらったもの。それは、


「まあまあ。丸くていい感じじゃないですか」


 ポポンと膨れた黄色い胴体。そこから伸びるぶっとい脚。オレンジの水かきがでかい長靴のようになっている。脚と同じ色のクチバシが大きな目の下から伸びて、非常に愛嬌のある顔を形作っていた。

 そう、顔を隠せる自然な格好……アヒルさんの着ぐるみを持ってきてもらったのだ。


 運のよいことに、当コロニーは金星祭りに合わせてセレモニーの真っ最中。

 仮装した人々がところせしと歩いている。だったら、この格好でもあまり目立たないだろうと踏んだのだ。


 顔を隠せる服がないかとか普通なら不審すぎる申し出だが、明星が訳アリなのを察してくれているのか、本当に親切なだけなのか、船の乗組員は快く着ぐるみを貸してくれた。


 そして着ぐるみを持ってきてくれたのはまばら髭さんではなく、


「お待たせ、お二人さん」


 やって来た乗組員は若い女の人だった。

 白いタンクトップから伸びる腕はよく焼けて筋肉質で、ナナセが見上げるほど背が高い。淡い青色のドレッドヘアが、きっちり後ろでまとめられている。

 彼女はレンズの厚い丸眼鏡を掛けていて、そこからのぞく目は大きく丸い。


 この人も、元ハンターなのかな。

 しかしナナセが羨望の眼差しを向けたのも束の間、


「うぃ~っく」


 彼女は若干赤ら顔で、片手には酒ビンが……。エリが言っていた酔いどれの姉ちゃんってこの人のことか。

 その酔いどれの姉ちゃんらしき人は長い体躯を壁に寄り掛からせ、褪せたジーパンを履いた足を組みながら、けだるい動作で着ぐるみを差し出した。


「その着ぐるみは営業で使ってるもんだけど、まあちょっとくらいなら汚してもいいよ?」

「なんで宇宙ツアー船が着ぐるみ営業してんだ」

「宇宙は不思議に満ちあふれてるの。なんでなんて言ってたらキリがないわよ」

「このなんでを宇宙の謎にするんじゃねえよ。分かった、あんたらひょっとして貧乏だな」

「あー! 初対面の人に失礼ですよ、ダックさん」

「ダックさんって呼ぶな!」

「まあまあ、お二人さん」


 親切な酔いどれさんは、揉め始めたボディーガードとアイドルの間に割って入てくれた。

 ナナセもアイドルをなだめにかかる。


「それに、ただのアヒルじゃないですよ、これ。これは宇宙開拓時代に開拓者が最初にペットにした火星アヒルの着ぐるみで……」

「ああ、うるさい!」


 酒瓶とつなぎの板挟みに耐えかねたのか、アイドルは着ぐるみの中に逃げ込んだ。

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