第13話 突飛な宇宙旅行3
「あのときの犬だ!」
「……何なんだ、この犬?」
やって来た白いふさふさを前に、ナナセと
長らく一人で宇宙を眺めていた明星が休憩室に連れてきた大きな犬。
彼は、怪訝な顔のアイドルと喜色満面のナナセの間で笑っている。いや、正確にはほっほっほっと息をつく口元が笑っているように見える。
彼の耳と尻尾は見事なクリーム色。それ以外の体毛は白で、その白によく映えるように首には虹色のスカーフを巻いている。
ナナセの記憶にある、まさに金星祭りの会場で出会ったあの犬そのものだ。
しかしどうして彼がこの船に。
「宇宙船整備犬のワンダフルだよ」
白きふさふさ犬を熱心に見つめていたナナセのために、エリが彼の紹介をしてくれる。
「宇宙船……整備犬ですか?」
「そう。そいつは特殊な能力を持った犬なんだ。船の故障箇所をかぎ分けて俺たちに教えてくれるんだよ」
エリは至極当然のようにそう言うが、本当にそんなことあるのだろうか。いやでも、
そうか、実は宇宙船の飼い犬もとい乗組員だった彼が、偶然ナナセ達をこの船に導いてくれたのか。それなら間接的にではあるが、彼はナナセ達を危険な状態から脱させてくれた恩人……恩犬ということになる。
やっぱり宇宙冒険家ってすごい。
エリの話にまだちょっと疑問を持ちつつも、ナナセがワンダフルなる恩犬を撫で回していると、
「お気楽なもんだな」
頭上から明星の声が降ってきた。ナナセに対する全ての感情が乗った言葉だ。
そのまま彼はナナセとワンダフルから離れて、壁に寄りかかる格好で黙り込む。
なんだよ。宇宙船整備犬、気にならないのかよ。いやそれよりお気楽って。
まあ待て、今までなら単純にカチンと来るところだが、もとはといえばナナセがこの船に飛び込んだために宇宙空間に出てしまったのだ。
明星はむしろ、無断乗船を咎められるピンチをうまく切り抜けてくれたといえる。切り抜けた上にちゃっかり冥王星までの道筋をつけたのだから、大した切れ者だ。
対するナナセは無邪気に犬と触れあって……。確かにちょっとお気楽だったかも知れない。
名残惜しいが、ふさふさに触れていた手をどけてワンダフルを解放する。ここは我慢しよう。
解放された宇宙船整備犬はほっほっほと楽しそうに休憩室を出ていってしまった。
歓迎の挨拶に来てくれたのかな。もう少し撫でたかった……。
そんなナナセを前にしても、明星は黙り込んだまま。冷たいとまでは言わなくもないが、何が起ころうととにかく冷静だ。
切れ者のアイドルは何も無闇にこの船で冥王星に行こうと言ったわけではない。
金星に戻ればどんな命の危険があるか分からないのだ。
またあのロボット兵器で追い回されるかも知れないし、それ以上の刺客が送り込まれるかも知れない。
そしてアイドルは他の惑星でこの船を降りてエージェント達と合流する術も持っていないのだ。
明星はマネージャーやエージェントの通信端末の番号を知らないらしいし、向こうから連絡を受けられる通信機器も持っていないという。
彼いわく全くの手ぶらだ。つまり一切の交信手段なしということだ。
……宇宙の王子どんだけスタッフと仲が悪いんだ。
仲が悪いがために、エージェント達と再び連絡をつけるには、冥王星で先に太陽系ツアーの準備をしているスタッフ達と合流するしか手はない。
そして冥王星にたどり着きたいなら、偶然飛び込んだこの船に任せるという明星の行動は間違っていない。
超アイドルの明星や宇宙に出たばかりのナナセが、今さら冥王星に行く他の船を探すのは難しいだろう。
飛び乗った船はツアー船。観光のため途中他の惑星に寄るとはいえ、このまま乗ってれば冥王星に行けるなら正直万々歳だ。
しかし……やっと一息ついて思うが、今ごろ金星大パニックだろうな。いや金星どころか銀河が大パニックかも。
宇宙の王子が何者かに襲撃され生死不明の行方不明って。
そしてその混乱は明星とナナセ、二人の冥王星への旅が終わるまで続くのだ。ホントにとんでもないことだ、これは。
自分がその当事者だという実感が薄れるくらい今は静かだけど。
数時間前までとは全く状況が変わってしまった。
宇宙船の休憩室で片隅にたたずむアイドル。離れて見守るナナセ。
二人に会話はない。
そりゃそうだ。明星のナナセに対する訝しみレベルはマックスに近いだろう。
先ほどは思わず舞い上がってしまったが、彼が心の底からナナセをボディーガードとして頼っていないことは知っている。
もともと宇宙狂の変な人と認識されていただろうし、金星港で翼竜を退けた後は、目が何者かと常に探っていた。
だから頼るどころか、明星からしたらナナセはやっぱり避けたい奴なのだろう。
まあいい。今はこの船に運ばれるだけだ。
宇宙船に乗れただけでこの瞬間はナナセには夢のようなのだから。
「ホントに変なお二人さんだな」
離れて佇む二人を前に、エリが何度目か知れない呟きを漏らす。
ナナセはその言葉に答える術もなかった。
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