第12話 突飛な宇宙旅行2

『次のニュースです。地球付近で見つかった無人の宇宙船ですが、調査を行った銀河同盟軍によると、航行記録には本来侵入禁止区域であるはずの地球から発進した記録が残されており……軍は、何者かが警備をすり抜け地球に侵入しているものと見て引き続き調査を……同様のケースは警備の強化以来三回目で、』


 テーブルサイドに置かれたスピーカーから流れる音声に、女はふうとため息をついた。


「これは地球周辺の警備が厳しくなってるね。コロニーを出たら、あんまり地球沿いに航行するんじゃないよ?」


 立ち上がりながらそう呟く。

 きっちりとまとめられたドレッドヘアを揺らしながら向かう先には、船の操縦桿を握るもう一人の女がいた。こちらはストレートのロングヘアに、桃色が鮮やかなヘッドバンドをしている。


「えー、燃料を節約できるのに。まあ仕方ないか」


 その女は次の瞬間には笑顔になると、楽しそうに先を続けた。


「ねえ、さっきつなぎの女の人に連れられて船に飛び込んできた人、絶対にアイドルの明星ミンシンだよね?」

「明星? なんじゃそりゃ」

「ブルーは相変わらず時代劇しか見ないんだね。今をときめくスペースアイドル、明星。私だって知ってるくらい、超有名人だよ」

「そんなのが素顔も隠さずどうしてこの船に? そっくりさんか何かでしょ」

「さっきの監視カメラの映像見てよ。あの二人、恐ろしく急いで船に飛び込んできた。これは訳ありのスターに違いないって」

「おいおい、そんな連中だったのか? あの二人」

「あら、聞いてたの」


 会話に割り込んできたまばら髭の男に、女達は振り返る。

 その女達に、男は思いっきり苦い表情を浮かべた。


「監視カメラの映像から察するに、あのロボット兵器から逃げてきたってことか? じゃあ相当の訳ありじゃないか。ちょっと待て、何でそんなのを乗せたんだ」

「乗せたんじゃない。この中の誰もあの二人が乗り込んできたことに気付かなかったでしょ」

「だいたい、突然船内に現れた不審な二人組を理由も聞かずに部屋に案内したのはどこのどいつよ」

「だって、金を持ってそうな身なりだったからいい稼ぎになるかと思って……」


 言いよどむ男に、ドレッドヘアの女は呆れたように肩をすくめる。男は構わず先を続けた。


「あれが本物の明星だとしたら、一緒にいるおさげは誰なんだ? 映像を見る限り、明星を引っ張ってこの船に飛び込んできたみたいだが」

「悪者から愛の逃避行中……とか?」

「そんな雰囲気じゃなかったぞ。おさげの方はなんだか能天気な感じだったし」

「それに明星って結婚してるんじゃなかったっけ……ああいや、結婚じゃなくて婚約を発表しただけか」

「婚約発表? アイドルが『俺たち結婚を前提に付き合ってます』ってわざわざ宣言したの?」

「芸能人の考えることはよく分からないよ」

「まあ、とにかく追われてるのはアイドルで、おさげは空港でアイドルの事件の巻き添えを食らった清掃員か何かでしょ。仕事着みたいなつなぎ着てるし」

「おや、かわいそうに」

「やっぱりあの二人、宇宙港のロボットと何か関係がありそうってことだろ? ああ……俺やっちまったかな」

「訳ありのアイドルか……。それしきの問題くらい、宇宙冒険家スペースハンターには朝飯前でしょ。これはいい儲け話なんじゃない? 船賃搾り取るよりよっぽど稼げるかもよ」

「ハンターじゃないだろ、もう」


 まばら髭が苦々しくつぶやく。

 その横で、


 もさもさ、もさもさと動くふさふさのしっぽ。


「なあに、ワンダフル? あんたもあの二人に興味があるの?」


 ドレッドの女がつぶやく先で、『彼』はその瞳をキラキラと輝かせた。





「ええ!? これって宇宙冒険家スペースハンターの船なんですか!?」


 案内された船の乗組員用の休憩室で、ナナセは思わず椅子を蹴立てて叫んでしまった。


「元、な。元宇宙冒険家スペースハンターの船なんだよ、これは」


 テーブルの向かいに座る整備士の青年は、頬杖をつきながらそう言った。

 彼はまばら髭さんの言っていた休憩室に入り浸っている整備士のエリ。そんなに扱いづらいやつではなく、突然厄介になったナナセに船のことを色々と教えてくれた。

 エリは整備士用のグレーのつなぎ姿。清掃員用つなぎを着ているナナセと揃ってつなぎ仲間だ。

 

 それにしても、ちょっと古そうな船だと思っていたがまさかこれが元宇宙冒険家スペースハンターの船とは。


「今はただの太陽系ツアー船だ。各惑星に24時間だけ停まって客に観光させる」


 外観は大きな船に見えたが、客室以外にも大きな格納庫とかがあって、乗客自体はあまり多く乗せられないようだ。そのため各惑星でツアーを組んで客に観光させることで、追加料金を取っているらしい。

 旅客業以外にも、惑星から惑星へ大きな貨物の運搬も請け負って、手広くやっているのだという。


 しかし、どんな船だろうといきなり乗り込んだ不審な二人組を簡単に乗せてくれたことにはやはり感謝すべきだろう。

 いや内心向こうはどう思ってるか知らないが、元宇宙冒険家スペースハンターの船ならそういう豪快な所があるのかも。

 もし不審人物が乗り込んだとしても対応できる戦闘員も同乗してるだろうし。


 戦闘を得意とする者、探索を得意とする者、操縦を得意とする者、機械の扱いに長けた者……そのすべてがこの船に集まって宇宙を航行していたのだ。格納庫も貨物ではなく戦闘機で溢れ、空中戦を得意とするハンターも搭乗していたらしい。

 や……やべえ。


 今客室として使用されているのも元ハンター達の部屋で、数は決して多くはない。

 そのために旅客業をやっている今もあまり客を乗せられないのだ。

 そうだ。もともと客船じゃなくて宇宙冒険船だったのだから。

 しかし、


「どんどんハンターが出ていって、今やまともな戦闘員は酔いどれの姉ちゃんだけ。ハンターの仕事はもうこの船には来ないね」

「……そうなんですか」


 現実は厳しい。

 今の銀河では、宇宙冒険家の仕事はごく限られたものになっているようだ。冒険どころか、その日の生計を立てることも難しく、廃業する者が後を絶たない。

 この船も例に漏れず。今はほぼ完全な旅客船だ。


 エリから話を聞きながら、ナナセは段々後ろめたい気持ちになっていた。

 宇宙へ飛び立つことを知らずに乗り込んだとはいえ、旅客船に命を狙われるアイドルを連れ込んでしまったのだ。まばら髭さんは明星をアイドルとは知らないようだったが、本当のことを知ったらどう思うだろう。宇宙に放り出されるだろうか。


 ちなみに今、明星はこの部屋にはいない。

 アイドルはさっきまで休憩室の片隅で佇んでいたが、ナナセ達がこの船の話をしている内にどこかへ行ってしまったのだ。マイペースとは思わないが、どうやら彼は自身にとってどうでもいい話に対する態度が顕著だったらしい。


 廊下に出て宇宙でも眺めてるのかな。自分も後でそうしよっと。


 そうだ。ここは宇宙なのだ。


 たまたまとはいえ、今はこれ以上何も起こらないことを祈ってこの幸運にすがろう。ここまで来たからには、冥王星まで何とかしてたどり着かないと。

 金星宇宙港で、ナナセと明星をこの船まで連れてきてくれたあのふさふさの尻尾に感謝しなければいけない。


 あれ? そういえばあのふさふさは一体どこに……。


 ナナセがその疑問を浮かべた、ちょうどそのときだった。


「わうーん」


 休憩室の自動ドアがガコッと開いて、『彼』はその姿を現した。





 明星は宇宙船の通路に一人、窓をのぞいて代わり映えもしない宇宙の景色を見ていた。


 例のやる気満々の変わり者は、明星のたった一人のボディーガードとなれて隠しようもなく浮かれている。


 眼鏡の刺客を追い払ったとき。あのときと同じだ。

 宇宙港で翼竜を不思議な武器で倒したとき、やはりこいつは何者だという考えが浮かんだ。間違いなくただの一般人ではない。


 明星を確実に消すために送り込まれた暗殺者か? だとしたら何故何度も自分の命を救う?

 二人きりになってから手を下す機会はいくらでもあった。それなら何故手を出してこない?

 

 いずれにしても『やつ』から『聞いて』いない。あんな規格外のボディーガードの話は……。


 ふと、ズボンのポケットに入れていた、ある物を取り出す。

 子リスがこれを気にしていたのは知っている。配達員として、カロン老人に届けるはずだったこの荷物を無くしてしまったことを、分かりやすく気に病んでいた。


 もちろん明星が持っていることは彼女には伝えていない。伝える必要がない。

 配達員として配送用ホバートラックで運んできたこと以外、彼女にはまったく関わりのない物だからだ。


 それにこの荷物の本当の受け取り主はカロン爺さんではなく……。


 いや、子リスのやつ、こんな荷物のことなんてもう忘れてるかもな。なにせやつは宇宙ハンターに近付けてこれ以上なく浮かれているのだ。こっちの事情なんて何も知らずに。


「爺さん、俺の気持ちはやっぱり変わらないよ。彼女に会いに行く」


「『明星』として、彼女に会いに行く」


 暗い表情の青年は、静かに小型の通信機を取り出した。


「……ああ、進路を変えた。でも必ずたどり着く。あんたの言った通りだ。エージェントは俺に消えて欲しい理由がある。あの男と一緒に行動するのは身の危険が、」


 そして、


「? なんだ、お前?」


 ふいに足元を撫でたふさふさした感触に、思わず通信を切ったのだった。

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