第11話 突飛な宇宙旅行1
「急な頼みで悪いが、俺達をこのままこの船に乗せてくれないか? もちろん冥王星までの代金は払う」
何言ってるんだ、この人?
この船の目的地が冥王星と分かった途端、このまま乗せてくれなんて。
あの一瞬でよくそんな言葉が出たな。
冥王星といえば明星の太陽系ツアーの出発地で、金星を出て最初の目的地だった場所だ。
そりゃあこのまま乗せてもらえるならちょうどいいかも知れないが、そんなに上手くいくわけがない。
ほら、目の前のまばら髭さんも突然の申し出にびっくりして……。
「冥王星までかい? 待って、今部屋の空きを見るから」
「ええっ!? いいの!?」
思わず大きな声が出た。隣でアイドルが迷惑そうな顔をする。
まばら髭乗組員はまばら髭乗組員の方で、瞳をキョロキョロさせて顧客名簿らしい物を探っている。
そして、
「今は満室だが、次に立ち寄るコロニーで一組降りるなあ。それまではクルーの休憩室を使ってもらうことになるが、それでもいいかい?」
「ああ、乗せてもらえるなら文句はない」
「ええー!?」
「クルーの休憩室と言っても入り浸ってるのは整備士一人くらいだ。ちょっと扱いづらいやつだけど、まあ四六時中休憩室にいるわけじゃないから」
「ああ、構わない」
ナナセが固まっている内に、とんとん拍子で話は決まっていく。
なんてたくましいアイドルなんだ。
もしかして旅番組かなんかでこういうときのための交渉術鍛えたりしてる?
それにしても、船に突然乗り込んだ変な二人を……小綺麗な格好のイケメンとつなぎの女を……このまま船に乗せてくれるなんて。普通なら不審者扱いされて銀河同盟軍パトロールでも呼ばれる所だ。
そう考えるとなんて親切な船なんだ。
いや、そうじゃなくて。
宇宙の超アイドルということは今は置いておいて、やっと正気に返ったナナセは明星の腕を掴んで小声で呟いた。
「ちょ、ちょっと。ホントにこのまま冥王星まで行くの?」
「ああ、その通り」
「エージェントさん達を置いていくんですか?」
「エージェント達があの後どうなったか分かんねえだろ」
なんて薄情な。
一人だけ冥王星にたどり着ければ良しということか。ツアー失敗だ、そんなの。
今までになく険しい顔をしているだろう、自分は。だってこの人超突飛なこと言い出すんだもん。
しかし明星は、ナナセにその剣幕で詰め寄られても余裕の表情のまま。
逆に挑みかかるような視線がそこにはあった。
「あんた、俺のボディーガード志望だったんだろ? 俺をあの化け物がウジャウジャいる金星に連れ戻す気か?」
「うぐ……」
戸惑うナナセに、アイドルは澄ました顔でさらにとどめを刺した。
「あんたを俺のボディーガードとして正式に雇う。だから冥王星まで、俺を守ってくれ」
二人の間に、一瞬沈黙が落ちた。いや、ナナセの方が一方的に何も言えなくなってしまったのだ。
じーんと、その言葉は胸に広がったのだから。
ボディーガードとして、雇う。俺を守ってくれ。
「腕に自信があるんだろ? それなら、俺を無事に冥王星まで連れて行ってくれよ。あんた一人でも大丈夫だろ?」
一言一言がグッサグッサと胸を突いてくる。
もちろん明星がナナセの願望を逆手にとって、上手い具合に懐柔しようとしてきていることは分かっている。
分かっているが、痛い所を突いてきやがるとかそんな怒りや苛立ちは、今はまったく頭に浮かんでこない。
だってさっきの言葉で胸いっぱいなんだもん。
正式。ボディーガード。雇う。
この言葉が並んだだけで感無量なんだもん。
くそ、なんて人心掌握に長けたアイドルなんだ。でもそう分かってるけど抗えない。抗えない感情がそこにはあった。
自分でもどうにも出来ない。このたぎるような思いは。
困惑とワクワクが入り混ざってまったく賢い顔ができない。
夢にまで見たシチュエーションだ。
このままボディーガードとして宇宙の旅……。
しかも宇宙の王子とまで呼ばれるアイドルを守りながら……。なんて、なんて宇宙冒険家っぽいんだ。
交渉成立を確信したのか、明星が計算高い薄ら笑みを浮かべている。よく見るとムカつくな、おい。
まばら髭さんは不思議そうにこちらのやり取りを見ていたが、二人が彼の提案した旅行プランに納得したことを感じとったのか、それともこれ以上話をこじらせたくなかったのか、
「じゃあ、部屋に案内するよ」
と、さっさと二人を先導して歩き出してしまった。
アイドルもそれにさっさと付いていく。
話は決まった。もう後戻りできない。相変わらずナナセは不安と期待でワクワクソワソワしてるけど、突然乗り込んだ船で宇宙の旅とは、本当にこれでよかったのだろうか。うーん。
まあ、ボディーガードになれたからもう何だっていいか。
「ああ、ごめん。ちょっと待ってよ」
まばら髭乗組員が立ち止まる。自動ドアが半分開いて、またガゴッと止まったのだ。
こっちは廊下の両端にある、彼が出てきたのとは反対側の自動ドアだ。
「こっちもか。いよいよガタがきてるな」
付いていく二人は、顔を見合わせるしかなかった。
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