第5話 二ビル通過
光速で動いていた宇宙船の速度が徐々に落ちていく。
もうすぐだ。
「――――、、はっ」
加速をしてからすぐに惑星ニビルに近いところに到着した。
移動している間はすべての記憶を消していたので、俺の主観からすれば当たり前のことだ。
ずいぶん長い間乗っていただろうが、体は機械なので何の影響もない。
少し体がなまるくらいだ。
相棒のキースも消される記憶の中から抜け出し、歓声を上げる。
「――――、、っ、、おーー‼ やっぱ便利だなー! これ」
「何回使っても不思議な感覚だよな」
「前に話したのがさっきなのか、ずっと昔のことなのかわからなくなる」
「確かに。で、ニビルまであとどのくらいだ?」
「もうあと軌道もないよ」
軌道というのは、地球が太陽の周りをまわる軌道の直径の長さを1とした、宇宙でしか使わない、最近取り入れられた距離の単位だ。
1軌道で約3億km、5軌道で約15億km、10軌道で約31億kmを表す。
そして1軌道を略して「軌道」とも呼ぶ。
「もうすぐだ。俺、人工衛星の準備してくる」
そう言って俺が後方の部屋に移動しようとしたその時、キースが声を荒げた。
「おいローマー、なんかこれおかしくないか?」
何らかの不具合に彼が気付くのは滅多にないため、よほどのことだろうと思い、急いで位置を示すレーダーの前に移動した。
パッと見、特に違和感はない。
大きい円で示されているのは目的地である惑星ニビルで、徐々に遠ざかっている青色のアイコンは、我々の宇宙船、現在地だ。
別に何もおかしいところなんて…
ん? 待てよ?
大きい丸から現在地が遠ざかっている…?
「ローマー、これ…」
キースが青ざめた顔で言う。
「通り過ぎた!」
思わず俺は叫んだ。
気が付くのが早かったからよかったものの、もし遅ければ大惨事だった。
かと言ってこのままにしておけはしない。
「急いでターンするぞ!」
俺が操縦席に飛び乗ってハンドルを握り、素早くキースがスピード調整パネルの前に立つ。
光速の20%という記憶を消していた間に比べればのろまだが、傍から見たらとてつもないスピードだ。
この速さのままUターンしたら、大きな弧を描いて操縦がしずらくなり、さらに手間取る事態となる。
でもここは1流の軍人。
冷静にキースが推進レーザーを逆噴射。
そして俺が、十分に速度が収まった、絶妙かつ最高のタイミングで舵を切る。
さらにまたそれを確認した相棒が今度は後方から通常超加速。
これでようやく、しっかり惑星に向かってまっすぐ進む形となった。
「ふう、なんとか一件落着っと」
キースが一息ついて、椅子にもたれかかる。
俺も究極に張り詰めた心をいたわろうとしたが、大事なことを忘れないうちに相手にたたみかける。
「お前、ちゃんと消去時間設定したのか⁉」
「だよな、ホント不思議」
「いや、『だよな』じゃねえよ。お前が間違ったんじゃないか⁉」
「そんなこと言われても…、俺の記憶処理能力は群を抜いてると思うんだけど…、もし俺が間違えたとして…じゃあ、どうして記憶を消してる間のお前は、それに気が付いて修正しなかったんだよ⁉」
「あっ、確かに」
「俺が後ろでカチャカチャやってる間、ローマー、お前さぼってたんじゃないか?」
「なあ、どうなんだよ、おーい」
じりじりと逆に追い詰められ、苦笑いしかできない。
「あ、ははは…ま、まあ…お互い悪かったということで…」
正直、心当たりがある。
たぶん、消去時間から覚めた時になまった感覚があったのはそのためだ。
俺だけなのか、それとも地球で技術を利用している全員に当てはまるのかどうかはわからないが、なんとなく、目覚めたときに自分の体もしくは心に違和感があるのだ。
それが本当に何かが起こっているのか。
それとも記憶を消していることによる、いわゆる気のせいなのか。
俺にとってそれは定かではない。
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