四十六話 雷光と暴風 ④
流れる雲が光を遮る。そして再び雲の切れ間から光が差した瞬間、カルとトールが互いに距離を詰めるべく駆けだした。
だがぶつかり合う前にカルは左へと進行方向を変える。
トールも合わせて動こうとするが眼前に土の壁が形成されて勢いを止められてしまう。壁の高さはトールの背丈よりも少し高い。
《小賢しい》
そう呟いてミョルニルを一振り、それによって土の壁はガラスのように砕け散った。カルを視界に捉えたトールは距離を詰めようと石畳みを蹴ったが再び眼前に土の壁が形成される。
両手を広げたニケが笑みを浮かべた。
《連続魔法……なるほど、俺の行く手を妨害しながら隙を狙うか。しかし……そのせいで最初の壁よりも薄くなっているぞ》
今度はミョルニルを使わず雷を帯びた蹴りでその壁を砕いた。視界が開けてトールの赤とオレンジの瞳にカルが映る。
「簡単に砕きやがって」
そう呟いて、紫紺の風は神殿内を縦横無尽に動き回った……それをトールが追う。
そんな状況がしばらく続いた後、右へ走るカルを隠すように壁が二つ形成された。並ぶ壁に遮断されトールの視界からカルの姿が見えなくなる。
見えなくなったからと言って消えた訳ではない……見ていたカルの速度と進行方向から壁の右へと距離を詰める。出てきた所を叩きつぶそうとトールはミョルニルを持つ手に力を込めた。
だが、カルは出てこなかった。途中で踵を返し、反対方向へと移動してトールの視界から外れたのだ。
予想を外したトールが目を丸くした……その瞬間をフィガロが後ろから斬りかかる。右上からの袈裟斬りに辛うじて反応したトールはその一撃をミョルニルで受け止めた。フィガロが後方へと跳躍して距離を取る。追いかけようとしたトールの行く手を土の壁が塞ぐ。その背中に向かって今度はカルが短剣を横に振るう。身を屈めたトールはそれを躱しつつ後ろ回し蹴りを繰り出した。
カルは上体を反らしてその蹴りを躱すと少し距離を取る。そしてそのタイミングを計って両者の間に壁が形成された。
《くそ、鬱陶しい!》
トールは考えた。雷を使って範囲攻撃を放つかどうか、しかし相手は人間、雷を使うなどプライドが許さなかった。そこでトールは足を止めた。追うことをやめたのだ。その瞬間、トールの眼前を壁が塞ぐ、次いで右側にも壁が形成された。
――だろうな……。
トールには予想がついていた、足を止めれば壁で取り囲まれる事を。
――しかも、壁が厚い……砕くとなるとそれなりの力がいるな。
トールが左側に視線を送ると、腰を落として身構えるフィガロを瞳に捉えたがその姿も壁に遮断された。土の壁が徐々にトールを囲んでいく。
――壁を砕き終わった所を狙うつもりだな……つまり俺が動かなければあいつも動かないという事だ。
ならばとトールは八方を塞ぐ壁が出来上がるのを待つことにした。
――愚かだな。塞いでしまっては攻撃出来る場所は限られる。
トールは壁の上を見上げた……その口端を釣り上げて。
――来い……紫紺の風使いよ。
だがそれはニケの予想通りでもあった。プライドの高いトールは必ず足を止める、そして壁に囲まれるのを待つだろう……その上で全てを打ち砕くつもりなのだと。
*****
「俺が囮? フィガロじゃないのかよ」
「トールはアナタしか見ていないわ。囮に最適なのはアナタよ」
「だってよ……俺が一撃かましてやるぜぇ」
「ふらついてんのに大丈夫なのかよ」
「ただ何があるか分からないからどっちも本気で攻撃してね。トールが攻撃を仕掛けた方に壁を作るから、最終的な判断はその場でする。分かった? それ以外は勝手に動いていいわ……ワタシがそれに合わせてあげる」
*****
「全部予想通りってか」
カルの眼前に高さが違う二つの壁が作られる。トールに近づくほど高くなるその壁は土台、カルは跳躍して一つ目の壁を蹴る。上昇気流を生み出して一段高くなった二つ目の壁も蹴った。トールを囲む壁よりも高く跳躍したカルの視界がトールを捉える。
それはトールも同じ、カルの姿を捉えたトールはミョルニルを後ろに引いて力を溜めた。渾身の力で振り上げようとしたトールはそこで違和感に気付く。
――何故……無い……。
トールは上半身を捻って視界が右に広がった事で真後ろの一画だけ壁が無い事に気付いた。
――そこだけ壁が崩れた? いや、最初から作らなかったのか。
その意味を理解したトールだったがすでにカルに向けて振り上げようとしたミョルニルを止める事は出来なかった。何故ならば振り返ったところを壁を飛び越えたカルが攻撃してくるからだ。
《小賢しい真似を!》
トールは予定通りカルに向かってミョルニルを振り上げた。
フィガロもまたトールの背中を確認して攻撃に移る。
ニケはトールを囲む壁から、斜めにもう一つ壁を作り出してカルとトールを隔てた。だが、そこでニケは気付いた……トールのミョルニルが小さくなっている事に。
「ダメよ! 離れて!」
トールは瞬時に判断した、エルフの女ならば自分が攻撃した方に壁を作るだろうと。トールの攻撃を防ぐ為の壁は、カルからの攻撃を防ぐ壁へと意味を変えた。右足を踏み出して振り上げたミョルニルを今度は上半身を左に捻って回転するように振り下ろす。その標的は後ろに居るフィガロだ。
斬りかかろうとしていたフィガロにミョルニルが迫る。
だが瞬時に判断した男がもう一人。ニケの言葉から危機に陥っているのはフィガロだと悟ったカルは左手を前に突き出した。そこに風が集束していく。
――密度……圧縮しろ。
空中を飛ぶカルは眼前にある壁に到達するまで進路を変える事が出来ない。かと言って壁に触れてから回り込んだのでは手遅れになってしまう。
――俺にだって出来る……。
カルの脳裏にはあるシーンが浮かんでいた。それはオルフェウスと初めて戦った日に見せられた……防御の為に自ら作り出した土の壁を砕いて攻撃に変えた風。
「砕けろぉぉぉぉぉ!」
トールの攻撃がフィガロに迫る中……カルの掌から風が放たれた。
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