四十五話 雷光と暴風 ③

 少し前、カルがトールに攻撃を仕掛けたその時、リオナ達は少し離れた位置でニケの言葉に耳を傾けていた。


「いい? カルが時間を稼いでいる間にワタシは魔力を練るわ。リオナちゃんにはルドラ様を召喚して欲しいの……出来ればトールが油断している時にね」

「分かりました。でも……カルは大丈夫でしょうか?」

「危なくなったら壁を作るわ……とっておきの硬いヤツ」

「俺は? まだ何もしてねぇけど……」

「アナタには大事な役目を頼みたいの……危険かもしれないけど。一撃を当てるだけでいい……でもその為には一瞬の隙を作る必要があるわ」

「もし、その間にカルがやられっちまったらどうすんだよ」

「大丈夫……ワタシとリオナちゃんがいるのよ? 誰も死なせないわ」


 ニケはそう言ったが攻撃を防がれたカルが蹴り飛ばされてしまった。短剣からミョルニルに走った閃光が電撃だった事を理解させる。


「カル! おい、今の蹴りはヤバいぜ」

「リオナちゃん!」


 叫ぶニケの声にも力が入っている。

 リオナは頷いて杖を持つ両手に力を込めた。その杖で石畳をトンと一つ鳴らすと金色に輝く魔法陣が描かれていく。


「――吹き荒ぶ風よ空を裂け、打ち砕く風よ山を折れ、荒れ狂う風よ海を割れ、斬り裂け……ルドラ――」


 魔法陣から旋風が巻き起こり、それが散るとそこに暴風神ルドラの姿があった。


「お願いです……カルを助けてください」

《可愛い契約主の頼みなら断る訳にはいかんのぉ》


 そう言ってルドラは石畳を蹴った。


 *****


 そして現在に至る。

 カルの瞳に映るのはルドラの背中と青白い輝きを発するトール。そしてカルの隣りには回復魔法をかけるリオナが居る。


「ちょっと、動かないで……」

「いや、この戦いは見なきゃならない……そんな気がするんだ」

「だからって……もう動かないでって……」


 リオナの言葉も聞かず、カルは神同士の戦いに瞳を奪われている。ルドラの使う風がどれほどのものか見てみたいのだ。


《いいか小僧、風はただ放てばいいってモンじゃない。例えば密度……圧縮して気圧の高い壁を作ればトールの雷だって防げる……ほらな?》


 ルドラは戦いながらカルに向けて声をかけた。その言葉通り、トールの放った歪に突き進む雷はルドラの眼前で散った。軽く言ったルドラだがトールの雷を防ぐだけの圧縮された風の壁なんて、今のカルでは到底作り出す事など出来ない。


《自分の攻撃を……体を風に乗せろ。そうすればもっと速く動ける》


 ルドラは距離を詰めてトールに矛を振るう。ルドラの後ろから前へと半円を描く金色の軌道。トールはそれにミョルニルをぶつけた事で防いだが、迫るもう一本の矛に気付き後方へ距離を取った。

 ルドラがそれを追う。追い風を掴む翼がその速度を速めていた。

 だがトールは後方に跳躍しつつミョルニルを巨大化させて振り下ろしたのだ。


《……潰す!》


 大きな音と共に神殿が揺れ、瓦礫が舞い上がる。その状況にカルは思わずルドラの名を叫んだ。

 リオナはもちろん、カルの傍に駆け寄ったニケとフィガロも心配そうにその様子を見つめている。

 そんな心配をよそに、急停止出来ないと判断したルドラは左から風を吹かせて右へ。反時計回りにトールの右に回り込んだルドラは二本の矛を順に振り上げる。そこから二つの旋風がトールに向かって石畳を這っていった。

 波打つ様に形を変える旋風を、トールは石畳を二度蹴って躱す。行き場を失った旋風は大きな音を立てて神殿の壁を砕いて外へと消えた。

 壁に空いた大きな穴からは太陽光が入り込んで、風に流れる粉塵を照らしている。

 今度はトールが距離を詰めてルドラに襲い掛かった。フルスイングで放つミョルニルの一撃を二本の矛で受け止めたルドラだが後方へと弾き飛ばされてしまう。


《相変わらずの馬鹿力め》


 そう呟いたルドラを見据えてトールの体から青白い雷光が迸る、そしてルドラに向けてそれを解き放った。解き放たれた雷は絶縁体である空気を破壊して歪に突き進む。だが両者の間でその青白い雷光が止まった。

 トールの攻撃をいち早く察知したルドラは矛を投げて石畳に突き刺したのだ。それにより雷は矛を通じて地面へと逃げていく。


《久しぶりに暴れると楽しいのぉトール》

《……黙れ》


 それからも続いた一進一退の攻防に神殿の壁や屋根に穴が開いて光が差し込んだ。互角に見えた戦いだったが、ほんの少しの差でルドラは劣勢になりつつあった。

 神同士の戦いに息を呑むカル達だったがリオナが膝をついた事で、視線はリオナに注がれる。


「リオナ! 大丈夫か?」


 フィガロの問いにリオナは笑みを作って返したが体は限界に近付いていた。通常、召喚された神は一度攻撃すれば消える。それは神力に変換する魔力の消費を抑える為である、具現化し続ければそれだけ魔力を消費し続けるのだ。


「イフリートの杖が力を貸してくれてるから……もう少し……なら」


 そう言ったがリオナは再び膝をついた。息も荒く、額から汗が流れる、そんなリオナの肩にニケが手を添えた。次いでカルとフィガロも肩に手を添える。


「ありがとう……リオナちゃんのおかげで魔力が溜まったわ」


 それを聞いたリオナは力が抜けてその場にへたり込んだ。それと同時にルドラの体が光の粒子へと変わる。

 トールが振るったルドラへの最後の一撃は光の粒子を散らしただけだった。


《残念だったのぉ》


 何処からともなく聞こえたルドラの声に、ふんと鼻を鳴らしたトールはミョルニルを肩に担ぐ。そして視線をカルに向けた。

 剣を構えるカルとフィガロ、その後ろでニケが両手を広げている。


「……分かった? それ以外は勝手に動いていいわ……ワタシがそれに合わせてあげる」

《何を企んでいるかは知らんが、ルドラはもう呼べないだろう……終わりだな》

「ああ、一撃決めて終わりだ」


 戦いの行方を神殿の屋根に空いた穴から太陽が見守っていた。

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