四十四話 雷光と暴風 ②

 先にその場を動いたのはカルだ。トールに向かって一直線に間合いを詰めると、風を纏った短剣を右から左へ振るう。

 いくら風で刃を長くしようとも振り抜く速度はあまり変わらない。空気抵抗が少し変わるぐらいでその重量は変わらないからだ。


 だがトールは、いとも容易くその短剣にミョルニルをぶつけた。赤い火花が散って甲高い音が一つ鳴り響く。


 トールのモーションが終われば隙も出来るはず、その為の初手だ。カルはすかさず、後方に跳躍しつつ左手を前に出して風の刃を放った。それは空気を斬り裂くような高い音を何重にも重ねてトールへと向かっていく。


《……舐めるな》


 至って冷静にそう言うとトールはミョルニルを自身の顔の前で逆手に構えた。そのまま突き刺すようにミョルニルの頭を石畳にぶつけると鈍い音と共にトールの足下が円形に窪む。そして行き場を失った衝撃が下から上へ、瓦礫と粉塵を巻き上げた。

 カルが放った風の刃は全て、巻き上がる衝撃と瓦礫に遮断されてしまったが想定内である。


「誰が舐めるかよ」


 再び間合いを詰めて粉塵の切れ間に見えるトールに斬りかかる、右下からの斬り上げ、そして左上に抜けた短剣を下げて今度は左下から斬り上げた。

 オルトロス戦で見せた攻撃である。


《お前の攻撃は軽いな》


 しかし、トールはカルが振るう短剣の速度に合わせる為、ミョルニルを通常の大きさに戻してこれを難なく防いだ。赤い光線が放射状に儚く散る。


「クソ! これなら」


 カルは飛び上がった……だがこれまでの一連の攻撃には滑らかさがない。全て防がれ勢いを止められてしまっているからだ。

 対してトールはミョルニルを後ろに構えて次の一撃に備えていた。すでにミョルニルの大きさは倍以上、バチバチと音を立てて振り抜かれるのを待っているかのようだ。


 空中から斬り下ろすカル……地上から振り上げるトール。

 風と雷……二つの軌道が両者の間でぶつかり合う。


 ひと際大きな金属音が響くとカルの体は静止したように空中で止まっていた。実際には斬り下ろした短剣をトールに防がれてそう見えるだけだが、トールからすれば隙だらけだった。


《逃げられないぞ》


 そのままトールは蹴りを放った。その右足がカルの腹に突き刺さった瞬間、今まで感じた事のない衝撃が腹から右手へと駆け巡る。

 カルの短剣からミョルニルへ閃光が走ったかと思うと、カルの体は後方へと蹴り飛ばされてしまった。壁に背を預ける形で勢いは止まったがカルの右手は痺れて動かない。


「かはっ……」


 ――電撃……ギンが、よくやる攻撃……。


《人間が神に勝てるものか。神に勝てるのは神だけだ》


 そう言ってトールはミョルニルを引きずりながらカルに近づいていく。その表情には先ほどまでの怒りといった感情の色は無い。どこか憐みすら感じさせる瞳でカルを見据えていた。


《二度とスル―ズには近づかないと誓えば許してやろう》


 高みから放たれた言葉にカルは答えない。今までのカルならばきっと誓っただろう。しかし、カルは一言も発する事無く紫紺の瞳をトールにぶつけたままだ。


《そうか……その気持ちだけは褒めてやろう》


 トールはミョルニルを振り上げた。

 このまま振り下ろされればカルは叩きつぶされるだろう。それでもカルは何も言わない。


 それは何故か……仲間を信じているからである。


 ミョルニルを振り下ろそうとしたところでトールは感じた……後方から何かが近付いてくる気配を。慌てて振り返ったトールに金色の矛が迫る。間一髪、トールはそれをミョルニルで受け止めた。

 位置的に分が悪いと察知したトールはその金色の矛を掻い潜って、先程カルと戦っていた位置まで引いた。


《トール相手によく耐えたなぁ小僧……だが風はもう少し鍛錬が必要だぞぉ》


 見上げるカルにそう言って嘴を開いて笑う。緑の羽根に覆われ、先に向かって赤く色づいていく翼、六本の腕に二本の矛……暴風神ルドラである。


 緩やかに流れる風がどこか心地良いとカルは感じた。


《久しいな……ルドラ》

《そうだなぁ、この世界に堕ちてからは会ってなかったからのぉ》

《なぜ、邪魔をする》

《ワシの可愛い契約主がそう言うんだ、仕方なかろう》

《邪魔するならお前とて容赦はしないぞ》

《まぁ、そう言うな。風使いに悪い奴はおらんぞ?》

《そうか? 俺が知ってる風使いにはペラペラな軽い奴しか居ないがな》

《何だと……未だに子離れも出来ん一方通行が。殺して欲しいのか?》


 ルドラの纏う風が変わった。風が体にまとわりつくような感覚、重量などないはずの風が重くのしかかる。自分が使う風とはこうも違うのかとカルは改めて感じた。


「六神にまともな奴は居ないのか」


 紫紺の瞳に映る緑と赤の翼に向かってカルはそう呟いた。

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