ユリの水浴び ②

 カル達が野営の準備に取り掛かっていた頃。

 リオナ、ギン、そしてニケはそこから少し離れた泉を訪れていた。リオナ達は持ってきたスイレンで買った着替えの衣服と綿の布を泉から少し離れた場所に置く。


 誰も居ない事は分かっているが、それでもリオナは辺りを見回しながら衣服を脱いだ。ただ恥ずかしさから、肌着は脱がずに水浴びしようと考えたがギンとニケに目をやるとすでに二人は一糸纏わぬ姿となっていた。


「あら、リオナちゃん脱がないの?」

「え、ええ、その……恥ずかしくて……」

「ええ~脱げばいいじゃん♪」


 リオナの目からは脱げと催促する二人の体と、背の低い木の枝葉が重なって局部は見えない。結局、二人の言葉を聞き流すようにしてリオナは肌着を脱がずに泉に浸かる事にした。


 リオナが一度、足の指先でチョンと泉に触れるとそこから丸い波紋が広がっていく。少し冷たいがこれぐらいなら大丈夫とリオナはゆっくりと泉に入った。足の指からふくらはぎ、そして太腿まで浸かるとやっぱり冷たいかもとリオナは呟く。

 泉の深さは腰の辺りまでで浸かってしまえばそこまで冷たいとは感じなくなっていた。


「やっぱり水浴びは気持ち良いわね」


 リオナの横に並んだニケがそう言うと、二人のすぐ近くで大きな水飛沫が上がった。その中心からギンが飛び上がるように顔を出すと、気持ち良さそうに息を吐き出す。そして左右に首を振って濡れた髪からさらに水飛沫を飛ばした。満足げな笑みを浮かべてギンは優雅に泳ぎ始める。


「ちょっと! まったく、これだから子供は……」


 目を細めて呟いたニケをリオナは横目で眺めた。

 褐色の肌が水を弾いて滴り落ちる。濡れた薄紫色の髪の隙間から尖った耳が見えて、そこから下に伸びた髪がハリのある胸を隠していた。そして下半身に向かってくびれていくラインはリオナの目から見ても美しいと思うほどだ。


「あら、もしかして見惚れてたの?」

「ニ、ニケさんて綺麗、ですよね……何か秘訣でもあるのかな、って」


 それを聞いたニケは悪戯に微笑んで、リオナの背中にぴたりと体をくっつけると、ぴくんと体を震わせたリオナの口から息が漏れた。さらにリオナの両肩に手を置いて耳元で囁く。


「りおなちゃんって、あのマッチョの事どう思ってるの?」

「え? フィガロさん? どうって、優しいですよ……すごく」

「じゃあ、あのカルって坊やは?」

「カル、さんは、皆には優しいけど、私には冷たいです。話しかけても素っ気ないし……嫌われてるのかな、と思ってます」


 そこでリオナは俯いたが、そのまま続ける。


「でも……でも、優しい瞬間が……あるんです」


 そう言って顔を上げたリオナは優しく微笑んだ。

 ふーんとニケはそんなリオナを何か言いたげな表情で見つめた。


「おい! 茶色い女! りおっちから離れろ!」

「失礼ね……ニケって呼んでくれないかしら」

「お前もオチビとか言うじゃん!」

「オチビって可愛くて素敵でしょ?」


 そんなニケとギンの会話からリオナは逃げるように距離を取った。リオナの後ろでは「性悪」とか「ペタンコ」と言った言葉が飛び交っている。ぴったりと張り付いた肌着が少し気持ち悪いと感じながら泉の端まで移動した時だった。

 突然、泉の端から伸びてきた何かにリオナの体は巻き付かれてしまう。

 軽い悲鳴にギンとニケは目を向けると、細い触手がリオナの体を締め付けていた。


「ラフレシア! でも花が無いわね。ラフレシアの芽と言ったところかしら」

「りおっち! 今助けるからね!」

「待ちなさい!」

「何でよ!」 

「こんな所で雷魔法なんて使ってみなさい、ワタシ達までダメージを受けるわ」

「じゃあ、カル達を呼んで……」

「や……待って! その……は……恥ずかしい、から」

「りおっち! そんな事言ってる場合じゃないじゃん」

「大丈夫よ、あの触手にはそれほど力が無いみたいだし。ワタシならすぐに倒せるわ」

「ホント? じゃあ早くやっちゃえ」

「嫌よ」

「何で?」

「見なさい。触手が巻き付いて、色っぽいじゃない」

「変態なのか!」

「まるで、りおなちゃんからアレが生えてるみたい……どうしてこんなに興奮するのかしら」

「知らないよ! もう! この女きら~い!」


 *****


 それからしばらくリオナの姿を堪能したニケが氷魔法を使ってラフレシアの芽を倒した。


「じゃあ、ワタシは家に帰るわ。植物から抽出した消臭液があるから持ってくるわね」


 そう言ってニケは森の中へと消えて行く。その背中をギンが舌を出して見送ったのだった。


「ニケさん、何も着ないまま行っちゃったね」


 リオナはそう呟いてカル達が居る場所へと向かった。


 *****


 水浴びを終えて戻ってきたリオナ達にテントと焚き火を任せ、今度はカルとフィガロが泉に浸かっている。


「ふう」

「お前、鼻血大丈夫か?」

「おう、ちょっとフラフラするけどな」


 ルドラとの契約の時に聞きたい事を聞いてみよう、などと二人で話しながらカル達の水浴びは短い時間で終わった。

 水浴びを終えたカルとフィガロがお互い別々の方向に体を向けながら着替えていると突然、カルの真横で着替えていたフィガロが再び鼻血を吹き出して倒れたのだ。


「フィガロ! おい大丈夫かフィガロ!」


 そう声をかけたカルは知らない……。

 フィガロの目に、家を探して彷徨うニケの姿が映った事を。


 *****


 現在、獣人の里周辺での野営地


「フィガロ! おい!」


 カルの呼びかけにフィガロが立ち上がった。そして先程座っていた場所に再び腰を下ろすと大丈夫だと皆に告げる。


「またキノコ食ったのか?」

「いや、すまねぇ……何でもねぇんだ」

「ねえ、アナタ達は一度獣人の里に行ったのよね? 水場はあったの?」

「ぶほぁ!」

「フィ、フィガロォォォォ!」


 フィガロは再び意識を失った、けれどその表情には笑みが浮かんでいたのだった。

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