幕間
ユリの水浴び ①
王都を後にしたカル達は焚き火を囲んでいる。獣人の里までもう少しという所で夜を迎えた為、テントで一泊する事にしたのだ。
「そう言えば……また水浴びしたいわね」
「ぶほぁ!」
ニケの突然の言葉にフィガロの鼻から赤い血液が勢いよく噴き出した。まるで殴られたように首が後方へと折れる。
「あら、何を想像したのかしら……それとも何か思い出したの?」
*****
「あの野郎……普通、汚いからって断るか?」
カルの口から自然と愚痴がこぼれた。
ユリの森でのラフレシア討伐を終え、ルドラと契約するはずだったのだが納得がいかない理由で断られたのだ。その不機嫌なカルの背中に向かってニケが声をかける。
「何となくついてきたけど、もう我慢出来ないわ! 今から水浴びするわよ」
何でだよと聞き返そうとしたカルだったが、視線をニケに向けると水浴びをしようと言った事に納得した。
ユリの森の消火で気付かなかったが、ニケの服はもちろんのこと腕や腹、そして太腿にまで、どろりとした白い液体が付着している。ハリのある褐色の肌に粘性のある白い液体は別のものを連想させた。さすがに顔にかかった液体はふき取っているが、体中にかけられたそれを一刻も早く綺麗にしたいようだ。
「お、おぉう……そうだな。どうせ身を清めなきゃルドラは契約してくれないしな。あと……ニケ、なんかごめんな」
「嫌よ……見なさい。こんなにかけられたのよ……」
そう言って太腿についた白い液体を指先で拭ってカルに見せつけたが、カルは視線を逸らしてもう一度謝った。
もちろん先に水浴びをするのは女性陣である。その間にカルとフィガロはテントを張り、火を起こして待つ事にした。これは水浴びで冷えるであろう女性陣の体を温める為だ。
「テントはオッケーだぜぇ。そっちはどうだ?」
「ああ、焚き火もこんなもんだろ。よし、俺はもうちょっと枝を集めてくるかな」
「待てよカル」
立ち上がって焚き火に使う枝を集めに行こうとしたカルを、片手に紫色のキノコを持ったフィガロが呼び止めた。フィガロの目尻は垂れ下がっているが対照的に口の端は上がっている。
「じゃあ覗きに行こうぜカル」
「いや何でだ!」
「男ってのはよ……ロマンを追いかけなくちゃならねぇ」
「いや、お前キャラ変わってんだろ」
呆れた表情を浮かべたカルを気にする事無くフィガロは語り始める。
「カル、ちょっと想像してみろよ。リオナは着痩せするタイプだと思わねぇか? 雪のような白い肌に女性らしい丸み、触ったらふんわりと柔らかそうでよ……」
「お前、鼻血出て来てるぞ」
「ギンは健康的な肌の色だが色気はねぇ……だがな、だからこそ強調される頂点。そして耳に尻尾……この先、出るトコが出たら怖いぐらいだぜぇ」
「いや、俺はお前が怖い。そして出てるのはお前の鼻血だ」
「最後はニケだ。背中からでも感じた妖艶な色気、引き締まった体のラインは、もはや兵器と言ってもいいんじゃねぇか」
「いや、お前は鼻の穴を締めろ。血が出過ぎて顔面蒼白だろうが!」
「行こう! カル……覗きに……」
「今日からお前、エロマッチョな。……俺は行かない。あと気になるから鼻血止めろ」
「何でだよ! 男なら誰しも想像しただろう美女たちの水浴びだぜ?」
「あのなぁ、もしバレてみろ。それこそお前、皇女に嫌われるぞ?」
「そ、そうか、バレた時の言い訳も考えねぇとなぁ」
「いや、言い訳なんか通るか!」
「カル! 俺の目を見ろ! そして正直に言え! お前は少しも見たくねぇのか?」
「……い、いや、まあ、そらちょっとは、見たい……けど」
カルの紫紺の瞳が泳ぐ、フィガロはそれを見逃さなかった。
「だろ? あれ? もしかして怖ぇのか?」
「はあ? 怖いとかそういう事じゃないだろうが!」
「どうせ行きたくても行けねぇんだろ? カルが怖ぇならやめてもいいんだぜ?」
「この! よぉし、ついて来いフィガロ。覗きに行くぞ!」
フィガロに乗せられて、覗きに行こうと歩き出したカルの後ろで何かが倒れる音がした。それはフィガロが顔から地面に突っ伏した音だった。
「お、おいフィガロ! 大丈夫か! ん?」
どうしてフィガロのキャラが変わったのか、その理由はフィガロの手に持った紫色のキノコにあった。
「お前……このキノコ、精力剤に使われてるキノコだぞ……」
直接食べると違った効果があるのだとカルは知った。ちなみに数十分後にフィガロは目覚めたが、この時の事は覚えていない。
カルだけが何とも言えぬモヤモヤを抱える事となった。
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