三十六話 ニケ VS 黒の従者

 カル達が捕らえられていたアレクサンドロス城の地下牢に現れたニケは見張りを倒し、牢の鍵を奪ってカルとフィガロを解放した。もちろん帝国に捕らわれた父を助けるつもりで行ったものだったが結果的にカル達は救われた。


「助かったよ……脱出する方法が思いつかなかったんだ」


 カルは自身の手枷を外してくれているニケにそう言うとニケのローブに目をやった。至る箇所が綺麗な切断面で切られていて、その周りが黒ずんでいるのは血が乾いたものだ。


「ニケ……怪我したのか?」

「あぁ、これ? アナタ達が森を出てすぐにある男と戦ったのよ……ま、回復薬を飲んだから平気よ」

「ある男?」

「ええ……イヴの仇」


 今度は腰を落としてカルの足枷を外しながらニケは四日前の出来事を話し始めた。



 *****



 ニケは一度距離を取った。森から出て草原に立つと片手で男に手招きする、後ろに纏めた長い黒髪を揺らして笑うと男もまた森から出てニケと対峙した。


「服従させたいってか? いいねぇ……強気な女をねじ伏せるのが気持ち良いんだ」


 男はそう言うと腰に携えた鞘から剣を抜いた。長さ一メートルほどの刃が太陽の光を反射させて煌めく。


「アナタ名前は?」

歩兵ポーン……オルフェウス様からはそう呼ばれてる」

「……ダサい名前」

「やっぱお前良いなぁ!」


 男はその言葉と同時に笑みを浮かべて地面を蹴った。ニケとの間合いを詰めて、引いた切っ先をニケの胸へと突き出した。

 しかし鋭い突きは右足を引いて体を捻ったニケを捉える事が出来ず、男は草の上を滑りながらニケを通り過ぎて少し離れた位置で停止した。


「動きも良いなお前……」


 男は振り返って気味の悪い笑みを浮かべる。そして再び腰を落として切っ先を引くと今度はニケの動きに目を凝らした。男はニケを見据えながら先程と同じように地面を蹴って間合いを詰める。


「……単純な男ね」


 ニケはそう言って再び体を捻って躱そうとした。

 男は再度突きを放つ、だが先程よりも間合いは浅い。踏み込んだ右足を軸にして体を左に回転させると刃も横に回転し、体を捻ったニケの首へと一閃。



 ――避けられな……



 甲高い音が鳴って、男の刃はニケの首まで数センチのところで止まった。ニケが右手に作り出した氷の塊を刃に当てた事で防いだのだ。


「ちょっと焦ったじゃな……い!」


 今度は左掌を男の脇腹にぶつけた……その瞬間、ニケが生み出した風によって男の体は後方へと吹き飛んだ。男は手をついて止まったが、眼前にある草に血を吐いて咳き込む。


「がっ……は……」

「アナタもしかして魔法は遠距離でしか戦えないと思ってない?」

「マジ……か……はは……やっぱ良いわ。最高だ! オルフェウス様みたいじゃねえか!」


 男は立ち上がると先程とは違う構えを取った。左足を前に出し、柄を両手で持って切っ先を後ろに向けている。すでに剣を引いた状態なら予備動作なしで振り抜けるからだ。


「そのオルフェウスとやらに会わせなさい!」

「ついてくりゃ会えるぜ」


 男は間合いを詰めて剣を振り抜く、右から左へ。ニケはそれを躱す為に後方へと跳躍して距離を取るが、男はそれを許さない。さらに踏み込んで左下から斬り上げた。傷は浅いがニケの右腕から鮮血が飛び散る。



 ――つぅ……さっきよりも一撃が重い……これじゃ氷でも防げないわね……



「アナタについて行く……ぐらいなら……自分で探すわよ」


 突き、右下から斬り上げと、次々と繰り出される攻撃。先程よりも男の攻撃速度が上がっている。ニケが躱すたびに両手から氷の結晶が宙を舞う。辛うじて致命傷は避けているものの、ニケの体は次第に傷が増えて辺りの草に赤い血が飛び散っていく。


「魔法なんて使わせねぇよ! はははぁ! 探す? そりゃ無理だ! お前はここで……俺の足を舐めるんだよ! 頼むからぁ! 殺さないでぇ! てなぁ」

「……くっ」


 ニケが左からの一閃を上体を反らして躱したところで男の口角が上がる。脇を締めて剣を体に引き寄せるとそのままニケの右胸に向かって剣を突き出した。切っ先がニケに迫っていく。


氷檻アイスケイジ


 切っ先はニケの体に届く寸前で止まった。

 空中から突き出た何本もの氷が縦に、斜めに、地面へと突き刺さり、男の体の自由を奪ったのだ。中には男の体を突き抜けて地面に刺さっている氷もある。


「がっ……まさか……さっきの……」

「そ、アナタの剣を躱しながら氷の種を蒔いてたの」


 ニケはそう言うと剣の腹に指先を沿わせて男に寄っていく。そして男の頬を右手で鷲掴みにした。


「知ってる事を話しなさい。どうしてイヴを? 父はどこ?」


 歩兵ポーンと呼ばれる男は観念したのか二度頷いた。ニケは男の顔から手を放した後、腕を組んで男の言葉を待つ。


「……その胸の宝玉だ。それが欲しかったんだよ」

「どうして?」

「知りたけりゃオルフェウス様に直接聞け。お前の親父を攫ったのもその宝玉を作らせる為だ。だがお前の親父は拒否し続けた。だから、エルフの胸に付いてる宝玉を奪いに来たって訳だ……まぁ勢い余って殺しっちまったけどなぁ! ははぁ! けどまぁ結果オーライだ! あの瞬間に完成したからなぁ! お前の親父はもう必要なくなったんだよ」

「どう言う意味? 父は生きてるの?」

「さあなぁ……利用価値の無い奴を生かしておくほどオルフェウス様は非合理的じゃない。まぁ帝国の地下牢でも探してみろ」


 男はそう言うと氷に挟まれた体を無理矢理動かした。体から流れた血が氷を伝って地面へと落ちていく。そして血だらけになった右手の剣を自分の喉に突き刺すと男は力無く項垂れた。


「……後味悪いわね」



 ――帝国の地下牢……



 ニケは北の空を睨み付けた。


「待ってなさい帝国……オルフェウス」 



 *****



「って事があったの」


 ニケの話を聞きながら、カル達は看守の部屋で取り上げられていた自分達の装備を探し出して装備し直していた。


「オルフェウスだと?」

「知ってるの?」

「知ってるってほどじゃない。一度戦ったけど……負けた」



 ――オルフェウスが絡んでるのか……何をしようとしてる……



 悔しさが込み上げてカルは奥歯を噛みしめた。だが今はオルフェウスの目的よりもリオナとギンの救出が先だと頭を振った。


「とりあえず、ギンと皇女を助けに行くぞ」

「よっしゃあ! 待ってろリオナ! ギン!」

「しょうがないわね」


 カルの声にフィガロとニケが答えると三人は一階へと上がる階段を上っていく。

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