三十五話 王都アルストロメリア

 カル達は護送用の鉄格子の付いた馬車に乗せられて王都アルストロメリアへと連行された。手には魔法封じの枷を嵌められて、四人は無言で馬車に揺られている。その重い沈黙を破ったのはリオナだった。


「すいません……私のせいで……」

「いやぁリオナのせいじゃねぇよ」

「そうそう、りおっちは悪くない」


 フィガロとギンがすかさず返したが、カルは何も言わない。

 リオナがカルに目をやると格子の付いた小窓からただ流れていく王都の町並みを眺めているだけだった。帝国ほどでは無いが夜でも人の往来が多い、カルがそんな事を考えていたその時、突然食い入るように小窓に顔を近づけた。


「お、おい、どうしたカル……」


 カルが見たのは真っ直ぐに伸びた、長い金髪をした後ろ姿だった。



 ――ソニ……ア?



 *****



 アレクサンドロス城 地下牢


「皇女とギンは大丈夫か……」


 狭い牢獄の中でカルは呟いた。手足に魔法を封じる為の枷を付けられたカルはコンクリートの壁に背を預けて座っている。床も壁もコンクリートで触れた箇所がひんやりと冷たく、鉄格子が付いた窓から差し込む日差しが、夜ではない事を教えていた。


 牢の中には小さなベッドとトイレしかなく、通路沿いの一面だけ頑丈な鉄格子で通路と牢が仕切られている。その通路の両側にはいくつもの牢が並んでいて、カルはその通路に向かって言葉をかけた。


「フィガロ! 生きてるか?」

「おおぉ……ここに居たら時間が分からねぇなぁ」


 カルの左隣の牢に居るフィガロが気の抜けた声で返した。獣人の里で捕らえられたのが夜、それから何の変化も無くさらに一日。つまりユリの森を出てから四日が過ぎていた。


「なぁカル、リオナとギンはどうなるんだ?」

「さあな。ただ召喚士としてじゃなく、皇女として捕らえられたとしたら……人質か交渉材料にされるんだろ。どっちにしても今すぐどうにかされる訳じゃないはずだ……多分だけどな」


 とは言えあくまでもカルの推測であって確定ではない、リオナとギンの安否確認にしても、トールと契約するにもここから脱出しなければ話にならない。しかし、長い時間をかければ可能かもしれないが、猶予はそれほど残されてはいないのだ。カルの頭の中では何度も着想と失敗を繰り返していた。


「カル……お前の故郷って王都なんだろ?」

「はあ? そんなくだらない事考えるよりまずは脱出だろ」

「いいじゃねぇか……いつもは言いたくなさそうだしよ」


 そう言ったものの、フィガロに脱出方法を考えろと言う方がバカだとカルは小さく溜息を吐いた。


「そうだな、王都は俺の故郷だ。お前と同じで俺も父親を知らない。母は美人だったと思う……ただ俺達に興味の無い人だった。俺とソニアは父親が違うんだ……」


 カルはコンクリートの天井に向かって過去を話し始めた。カルが馬車から王都を眺めていた時、流れる町並みに感じたのは懐かしさ。そんな気持ちからソニアに似た後ろ姿を一瞬ソニアだと思ったのだろう……カルはそう思った。


「どういう訳か、母は定期的にこの城に呼ばれてた。俺とソニアも母について行ってこの城を遊び場にしてたからな、大体の構造は今でも覚えてる。そこで出会ったのがヴァイスだ。関係の無い俺が気に喰わなかったんだろう、会うたびに喧嘩を吹っかけてきたよ……まぁ全部返り討ちにしたけどな」


 だが帝国とアレクサンドロス王国の戦いが激化し始めた頃、カルの母は出かけたまま帰って来なくなった。その代わりに来たのは王国から使い。玄関先で告げられたのはカルの母が帝国の密偵に殺されたという事。


「それから、ソニアとムスカリの町に行かされたんだ。不思議と恨みは無かった、金も結構もらったから生活には困らなかったしな」


 フィガロは何も言わず、ただカルの話を聞いていた。


「まあ、俺はソニアを守れたらそれで……」


 そこでカルは言葉をつぐんだ。地下牢の通路から足音が聞こえたからだ。フィガロが居る地下牢の反対側から誰かが近づいて来る。足音はまるで地下牢の中を一つ一つ確認するように一定間隔で聞こえたり止まったりを繰り返していた。


「おい、続きは? それで終わりか?」


 フィガロが大きな声でカルに問いかけた。聞こえてくる足音にフィガロは気付いていない。フィガロの声を聞いて足音は止まる事無くカル達に近づいてくる。



 ――誰だ……



 やがて足音がカルの居る地下牢の前で止まった。


「あら、坊やじゃない。アナタも帝国に捕まったの?」


 そう言った足音の主はボロボロの茶色いローブに身を包んだニケだった。至る所が破れて黒ずんでいる。そのローブの隙間からハリのある褐色の肌が露わになっていた。


「ニ、ニケ! いや何でここに?」

「何でってワタシは父を……」


 腰に手を当ててカルの問いに答えようとしたニケは少し間を取った後、何かを確認するように続けた。


「ここって……」

「え? ここ? 王都アルストロメリアのアレクサンドロス城だ」

「お……王都よね。……ワタシは王都に来たの……そうよ、そう! アナタ達を助ける為にね」



 ――どんだけ方向音痴やねん……



「いや、嘘だろ」


 カルは呆れた表情を浮かべてそう言うと、ニケは否定しようとしたが隣から聞こえた声に話を逸らす事にした。


「おぉい! ニケじゃねぇか! 助けに来てくれたのかよ」

「ええ、そうよ! 捕まってると思って助けに来たの……だからひれ伏しなさい」


 ただ帝国だと思ってここに来たら、たまたまカル達が捕まっていただけ。それでもニケは自分が方向音痴だと認めたくないらしく、カルは呆れた表情で肩を揺らした。


 ――よく上から目線で言えるな……

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