三十四話 包囲網

 武器を持った複数の獣人に囲まれて獣人の里ツバキの中へと連れて行かれたカル達。とは言え拘束された訳ではなく、武器を突きつけられてある場所へと歩かせられているだけ。


「おい、どこまで行くんだよ」

「うるさい! 黙って歩け!」


 カルの言葉を先程の見張りをしていた獣人が一蹴する。カルはその声の主を一瞥した後、里の中を見渡した。

 木造の平屋がまばらに建てられていて、そこかしこに設置された松明や灯篭が里をゆらゆらと照らしている。帝都や王都と比べるとここの文明水準は遥かに低い。


「獣人の里ってここだけなのか?」

「だから黙って歩けと言ってるだろう!」


 家屋の数からしてそれほど獣人の数は多くなさそうだとカルは推測していた。実はこの状況を危機とは考えておらず、今の四人ならばこの場に居る獣人全てを相手にしてもねじ伏せられる自信がカルにはあった。


 やがて円形広場のような空間で獣人達が歩みを止めると、見張りの獣人が奥の方へと消えて行った。この広場にも囲むように松明が地面に打ち付けられている。

 程なくして見張りの獣人が戻ってくるとその隣には杖を持った別の獣人の姿があった。


「こいつらか……」


 そう呟いたのは杖を持った獣人、顔は年老いているが衰えを感じさせない鋭い眼光でカル達を睨み付けた。背格好はフィガロと似ていて筋骨隆々、ハネっ気のある茶色い長髪に獣耳が二つ。灰色と青の生地を重ね合わせたローブに身を包み、首からぶら下げた無数の牙は歩く度に音が鳴りそうだ。


「あんたが長老か?」

「そうだ。何故この里に来た」

「魔女が目覚めたのは知ってるか?」

「北西の空に暗雲が渦巻いておるからな。察しはついておった」


 互いの視線を衝突させながらもカルの問いに長老が低い声で答えていく。その様子を他の三人は黙って見守っていた。


「なら分かるだろ? 俺達はただトールと契約しに来ただけだ。終わったらすぐに出て行く」

「都合の良い事を……断る。幾度となく我々を襲ったのは人間だ」

「殺せぇ!」


 長老の言葉を待っていたかのように、カル達を囲む獣人達が口々に憎悪を発した。それは見張りをしていた獣人ではなく、いつの間にか騒ぎを聞きつけて集まった里の獣人達の声だった。うねるように怒号や罵声が飛び交う中、黙っていたリオナが前に出た。


「私はコルディナス王国の第一皇女リオナ・コルディナスと申します」


 その言葉に取り巻く憎悪はさらにざわついた。


「父の非道は必ず……必ず私が止めます! だから私達を信じてください! お願いします」


 そう言うとリオナは深々と頭を下げた。だが長老の冷ややかな視線がリオナに刺さる。


「我々にはダリア渓谷に沿っていくつもの集落があった。だがな、今残されているのはここだけ、我々の住処を、命を貴様ら人間が奪ったのだ。……各地に散らばった同族達も侵略されたと聞く。そんなお前達を信じられるはずもなかろう。世界が滅ぶならそれに従うまで……」


 その言葉により一層、周囲の獣人達が吠え立てた。中には女子供までもが同じように殺せと声を発している。

 頭を下げ続けるリオナ、その手に持つ杖が小刻みに震えている事に皆は気づいていた。


 リオナの頬をくすぐる風が艶やかな黒い髪を揺らす。直感的にリオナは振り返った。


「もういいだろ」


 リオナが目にしたのは風を纏うカルと、手に雷を宿したギン、そして怒りに震えるフィガロだった。三人は今にも暴発しそうなほどに怒りを露わにしている。


「俺も同じ意見だ。世界が滅ぼうとどうでもいい。どうせ滅ぶんだ、後で死のうが今死のうが同じだろ? 俺は今からあいつを殺すけどいいよな?」


 カルは小さな獣人の子供を指さしてそう言い放った。それを聞いた見張りの獣人が声を荒げる。


「本性を出したな! まだ年端も行かぬ子供の未来を奪うなど、そんな非道を許すものか!」

「けどお前達が言ってるのはそういう事じゃねぇか! 世界が滅ぶって事はその子の未来も失うって事だろうよ」


「な……屁理屈を……」


 フィガロの言葉に周りの獣人達の殺気が膨れ上がった。武器を持たぬ獣人は後ろに下がり、屈強そうな男達が息を荒げてカル達を睨みつける。そんな中、ギンは周りの山を見渡して言った。


「カル、山の中にも獣人が居るよ」

「見えるのか?」


 うんとギンは一つ頷いた。縦長の瞳孔を持つギンは夜目が利く。


「なあ、やっぱりここはギンの故郷なのか?」

「ここに居た気はする……けど覚えてないや。気にしないでいいよ……あたしは皆が好きだから」


 カルとギンがそんな会話をしているが、状況は一触即発、まるで空気が張り詰めて弾けるのを待っているかのよう。もうまもなく獣人達が襲いかかってくる……四人はそれぞれに身構えた。


 だがそこに、また違う声が割り込んだ。


「そこまでだ!」


 一斉に声がした方に視線が集まる。そこに居たのは長い金髪に色白の肌をしたヴァイスだった。ヴァイスが手を振ったのを合図に王国兵がどんどんとなだれ込んで広場に居た獣人を取り囲んだ。


「全員、武器を捨てろ。さもなくば皆殺しにする」


 ヴァイスの言葉にカル達に向けられていた獣人達の殺気が今度は王国兵に向いた。雄叫びや唸り声を上げて牙を剥く獣人達に、ヴァイスはため息を一つ吐き出すと片手を上げた。


「待って下さい!」


 その場を制止したのはリオナだった。


「狙いは私達でしょう! だったら里の人達は関係無いはずです」


 カル達は顔を見合わせた。リオナがこれから言おうとしている事を理解したからだ。そしてそれはヴァイスも同じ、その口の端が上がる。だが獣人達は関係無いとばかりに吠え続けた。


「黙りなさい!」


 リオナの一喝にその場の空気が一瞬で変わる。息を呑む音までも聞こえそうな程、獣人達は静まり返った。


「この里の人達には手を出さないと約束してください」


 リオナの金色の瞳が真っ直ぐにヴァイスを突き刺す。


「分かった……約束しよう。おい、こいつらを捕らえろ」


 ヴァイスの合図で王国兵がカル達に歩み寄って四人を捕らえた。カルは手枷をはめられて連れて行かれる際にヴァイスの側を通り過ぎたが視線を合わさなかった。ヴァイスがそれに舌打ちをしてから連行される四人の後ろを歩いていく。


「長老……これではまるで、我々が守られたみたいではありませんか! 攻撃の許可を!」


 見張りの獣人が長老にそう言うも長老は首を振った。その瞳には四人の後姿を映している。


「ならん。もとより奴らはあの召喚士を追って来たのだ。ただそれだけの事……」


 そう言うと長老は振り返って来た道を引き返した。


「あの髪色……あの瞳……いや、まさか……な」


 長老は静かに呟いた……その小さな声は闇に溶けて消えた。

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