三十三話 追跡者達
獣人の里ツバキは、王都アルストロメリアよりさらに北に位置している。カル達が居る場所からツバキまではダリア渓谷に沿って北上するか王都を通り過ぎなければならない。しかしビトーから教えられた王都の異変を危惧したカル達は王都には近づかず、大回りしてツバキを目指す事にした。
ビトーから貰ったホバーバイクのスピードはかなり速い。途中魔獣に追いかけまわされたりしながらも、ギンやリオナの魔法で撃退し、二回の野営を経て現在に至る。
舗装された街道もあるがそれらは使わずに、二台のホバーバイクは見晴らしの良い、道なき道を進んでいた。
「ふぉおおおおおぅ!」
フィガロが言葉とは呼べない声を発している。この二日間、カルとフィガロの気分は上々で風を切るのが楽しくて仕方がない。
ギンとリオナは対照的に最初こそ二人と同じようなテンションだったが今では髪を手で押さえて落ち着きを取り戻していた。
やがてカルの視界の右端に王都が映る。それなりに距離が離れている為、小さく見えるが王都と呼ぶだけあって実際はそれなりに大きい。
遠くに見える王都を通り過ぎようとしてカルは気付いた。王都とは反対の左方向に砂煙が上がっている事に。
「左から何か近づいてくる」
カルがそう言うとギンも視線を向けた。砂煙は北上するカル達に合わせるように斜めに駆け上がって来る事からその目的が自分達だと容易に理解出来た。
「ギン見えるか?」
「多分……兵隊か……な?」
カルは舌打ちを一つ鳴らすと体を右に倒して砂煙から遠ざかるようにホバーバイクを走らせる。フィガロもそれに続いた。だんだんと王都が大きく見えてきた頃、その王都からも騎馬隊が出てきたであろう砂煙が風に流れていく。
「何だよクソ。このまま突っ走って振り切るぞ! ギン、魔法の準備だけしといてくれ」
「はいよ~う♪」
手を挙げて答えたギンだがカルはこの状況を深刻に考えていた。囲まれたら逃げられない、引き離せなければ獣人の里を通り過ぎて行く事も視野に入れながらカルはハンドルを握る力を強めた。
砂煙が近づいてくるとカルの予想通り王国の騎馬隊だった。結局引き離せずに、左右の騎馬隊が合流してカル達を追う形で後方につかれてしまう。
カルは何度か振り返ったがどうやらヴァイスは居ないようだと安堵の息を漏らした。ヴァイスが居たならどこまでも追いかけて来るに決まっているからだ。
「ギン! 何発か雷槍を馬の前に突き刺せ! それで馬は止まるはずだ」
ギンは軽く返事をしてから体を後ろに向き直して、カルに背を預けると次々と雷槍を放った。それが馬の近くに刺さると前足を大きく上げて
カルは再び後方を確認する。リオナも同様にしてそれを何度か繰り返していると騎馬隊の数もそれなりに減ってきていた。
カルが少しほっとしたのもつかの間、進行方向には三メートル程の高さの壁がカルを待ち構えていた。フィガロは前を見ていた為にその壁を避けて進んだが、カルが気づいた時には避けきれる距離ではなかった。
「マジかよ! ッソぉぉぉ!」
カルは咄嗟に進行方向に上昇気流を生み出すと。ホバーバイクごとその風に乗った。高々と舞うホバーバイクに後方の騎馬隊は追跡できず、フィガロ達がその騎馬隊を一手に引き受ける形になってしまった。
「うおぉ! 危な!」
「行け行け~♪」
壁の上は林が続いていて木々の間をすり抜けて走るカルは気が気ではない。一方のギンは楽しそうに高い声を過ぎていく木々にぶつけていた。
やがてカル達は林を抜けると見下ろすために際を走る、下の方ではフィガロ達が追い付かれそうになっていた。
「カル! 下に行かなきゃ!」
「あの崖に比べたらぁぁ!」
大声を出したカルは三メートル程の高さから下へとホバーバイクごと飛び降りた。空中にも関わらずギンは雷槍を騎馬隊の近くに落とす。立て続けに三つ、大きな音を撒き散らして突如落ちてきた雷にフィガロとリオナも笑みを浮かべて見上げた。
今度は近づく地面に対してカルが風を巻き起こすと落下速度が急激に落ちてホバーバイクが地面に衝突せずに済んだ。ただ片手で機体を操縦していた為、機体がふらついてしまったが及第点だろう。
カルは胸を撫で下ろすともう一度振り返った。
騎馬隊はまだ少し残っているがその距離がどんどん空いていく。
「諦めたんじゃねぇか?」
「あぁ。そうみたいだな」
フィガロがカルに拳を向けるとカルもまた笑って拳を向けた。
追跡を逃れた四人は念の為、休息を取らずに獣人の里を目指した。気付けばかなり右側に追いやられたようで、二台の風のすぐ横はカルとギンが歩いた美しい川が流れるダリア渓谷である。
やがて川を挟むように二つの山が四人を出迎えた。辺りはかなり暗くなっていたが、それでも川沿いをゆっくり進むと明かりを見つけた。四人は獣人を刺激しないようにホバーバイクを降りて徒歩で進む。
そして二人の屈強そうな獣人に出会った。見張りなのだろう、その手に槍を持って入口に立っていた。
カル達が近づいて行くと里の中がよく見える、山のふもとに広がる空間には家屋と松明、数人の獣人が何かを話しているようだ。
「止まれ。我らが里に何の用だ」
低くしゃがれた声が響く。獣人の一人が槍の先端を向けて問いかけてきたのだ。カルは両手を上げて抵抗する意思が無い事を示して口を開いた。
「あんたらに何かしようって訳じゃない。こっちは召喚士だ。六神であるトールと契約したいんだが」
カルは顎でリオナを指す。
その言葉を聞いて二人の獣人は小声で会話を始めた。カルが聞き取れたのは「魔女」と「長老」の二つだけだった。やがて二人の会話が終わると獣人の一人が叫んだ。
「おい! 誰か来てくれ!」
その言葉に槍や剣を持った数人の獣人が集まってきて、四人はあっと言う間に囲まれてしまう。抵抗しようとしたカル達だったがリオナがそれを止めた。
「大人しくしていろ。今から長老に処分を決めてもらう」
低くしゃがれた声が槍と共に突きつけられる。槍の先端には松明の火が揺らめいていた。
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