三十二話 目指すは獣人の里

 四人は森を出る為に歩いていく。


「ニケに挨拶してないけど良いのかよ」


 フィガロがカルにそう聞いた。それについてはカルも考えてはいたが朝になればまた来るだろうと思っていたのでニケの家の場所までは聞いていなかった。その為、今ニケがどこに居るかも分からないのだ。


「そうだよなぁ……」


 歯切れの悪い返事しか出来ないカルだったが、ちょうど森と草原の境目が視界入った時、そこに人影が動いたのが見えた。そのニケがカル達を待っていたのだ。


「行くの?」

「あぁ。色々ありがとうな……本当に助かったよ」


 ニケは出会った時のようにベージュのローブに身を包み、顔の半分を覆う為の布が首元にぶら下がっていた。背には茶色い背嚢を担いでいる。

 それを見たカルがニケに問う。


「ニケも父親を捜しに行くのか?」

「ええ。アナタ達と出会ったのが良いきっかけなのかもと思ってね。まずは帝国に行ってみるわ」


 ニケは小さくを笑みを浮かべてそう言った。そんなニケを見て、耐えきれなくなったリオナが口を開く。


「あの! ニケさん……ごめんなさい」

「何でリオナちゃんが謝るの?」

「隠してた事があって……私は……帝国の皇女なんです。もしかしたら……」


 一言一言、考えながら話すリオナの言葉を遮るようにニケが質問した。


「リオナちゃんがそうしろって言ったの?」

「そんな! 違います! でも、もし父がそんな酷い事をしていたらと思うと」

「だったら謝らないで。いい? アナタはアナタ……父親とか関係ないわ。ただのリオナちゃんなの」


 ニケは力強い口調でそう言うとにっこりと口の端を引いた。その言葉はカルの胸にも小さな穴を開ける。帝国が今日まで侵略してきた事実とリオナの存在を繋げて見ている自分が小さく感じた。

 リオナにとってみればニケの言葉は救いのような気がして、目を潤ませてニケと抱き合うとそれぞれ別れの挨拶を交わした。


「じゃあ俺達は行くよ。迷子になるなよ?」

「ならないわよ! そこのオチビじゃないんだから」

「だからオチビって言うな!」


 頬を膨らますギンに皆が笑う。そしてカル達はビトーに降ろしてもらった町に向かった。カル達の背中を見送ったニケもまた背嚢を背負い直すと、しばらくは帰って来れないと言う気持ちから森へと視線を向けた。


「……いつからそこに居たの?」


 ニケの視線の先には黒いローブに身を包んだ者が佇んでいた。


「そう露骨に嫌そうな顔をするな。……あいつらは行ったみたいだな」


 低い声でそう言うとローブで覆っていた顔を晒した。性別は男。真っ黒な長い髪を後ろに束ね、顎には髭が少し生えている。細く鋭い目つきに茶色い瞳。背丈はニケと同じぐらいだろうか、その口元は愉快そうに歪んでいる。


「まさかもう一匹、エルフが居たなんてな」

「どういう事? ……アナタがイヴを?」


 眉間にしわを寄せて目を細めたニケは男の言葉から仲間を殺したのがこの男だと理解した。


「殺すつもりはなかったんだが、抵抗されてな。腕だけ落とそうと思ったら顔まで斬っちまったって訳だ。あん時はさすがに殺されるかと思ったぜ」

「誰に殺されるの? アナタもしかして……帝国?」

「んん……俺達は帝国に属してはいるが、仕えてるのはオルフェウス様だけだ」

「オルフェウス……じゃあ父は? 父もアナタ達が連れて行ったの? 答えなさい!」

「お前の親父を連れて行ったのは俺じゃなくオルフェウス様だ。今ごろ牢獄ですすり泣いてるかもな」


 くつくつと笑う男を鋭い眼光で睨みつけるニケだが、気にする様子もなく男は目的を告げる。


「さて、一緒に来てもらおうか。服従するなら痛い思いはさせねえよ」

「残念ね。ワタシは服従させる方が好きなの」


 ニケは睨みつけたままそう言った……瞳に宿した怒りを隠さずに。



 *****



 カル達はユリの森を出て、近くの町に向かっていた。ニケと別れてからすぐにビトーから通信があったからである。もちろん通信があろうとなかろうと依頼報酬を受け取る目的もあるのだが、今はそれ以上にビトーが言った事が気になる四人だった。


「何なんだろうな……とっておきの物ってよぉ」

「ビトーさんの事だから機械だろな……小型の飛空艇とか?」


 カルとフィガロは足早に町に向かう。ギンとリオナを後方に、二人は何をくれるのか気になって仕方がない。

 ビトーは現在、スイレンに戻っている途中で、カル達が移動手段を必要としているだろうと思い、とっておきの物を町の酒場に置いてきたと連絡があったのだ。

 町に着くと依頼報酬もそっちのけで酒場に直行した。そこで四人はある物を目にする。


「うおぉぉぉぉぉぉ!」

「すげぇぇぇぇ!」

「何コレ何コレ!」

「か……格好良いですね」


 そこにあったのは二台のホバーバイクだった。バイクと言っても車輪は無く、黒い機体の前後には三つの大きなファンが地面と水平に取り付けられていて、その周りには小型ファンが縦に六つ。機体の真ん中には人が乗る為の席が二つあって、ハンドルが付いている前の席が操縦席となっている。

 カルはさっそく通信機を握りしめてビトーを念じた。


「おおう見たか? かかか! 渋いだろぉ? 俺の弟子が王都ですげえモン作ってよ、ソイツは試作品プロトタイプなんだと。燃料がいらねぇんだ、すげぇだろ? だから俺の飛空艇の改造を手伝ってもらおうと弟子連れて帰ってんだ」

「いいのか? こんなすごい物貰っても」

「かかか! 金はいらねぇから走行データをくれって言ってらぁ」

「ありがとう、弟子の人にもお礼言っといてくれよ。……しかし何でビトーさんは王都なんかに?」

「あぁ? 戦争に協力しろって言われてたんだ……ずっとな。でもな? 直接断ってやったぜ」


 アレクサンドロス王国は帝国との戦いの為に帝国と同じ軍事用の飛空艇をビトーに制作させようとしていた。その為にビトーを呼び寄せたのだがビトーはそれをきっぱりと断って王都を出たのだ。


「俺はそんな事の為に飛空艇を開発したんじゃねぇのによ……」

「……え?」


 小さく呟いたビトーの声が聞き取れずにカルはそれを聞き返した。


「いや何でもねぇ! それよりまたどっか行くのか? 何でもいいけど王都には近づかねぇ方が良いかもな……何かピリピリしてやがるからよ」

「分かった! ビトーさんありがとう! また連絡するよ!」


 他の三人も口々に礼を言った後に通信を切った。

 それから依頼報酬を受け取った後、これからの食料や生活に欠かせない物を購入した四人はホバーバイクに跨る。カルの後ろにギン、フィガロの後ろにはリオナが乗った。


「目指すのは獣人の里『ツバキ』だ。途中にある王都には寄らずに向かう」


 カルがそう言ってホバーバイクのスタートボタンを押した。三つの大きなファンが低い音を立てて回り始めると機体が一メートルほど浮かび上がる、この大きなファンが浮揚力と推進力を生み出している。六つの小型ファンも回転し機体のバランスを制御していた。

 至る所が青く輝いている事から風と雷の術式を組み込んだ宝玉が備えられているのだろうとカルは理解した。


「行くぞ!」


 カルの掛け声に後部座席のギンとリオナが手を上げて答えた。四人が乗るホバーバイクは風を巻き上げて軽快に進んで行く。この先に待つ悲しみも知らずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る