三十七話 何の為にお前は強くなりたい ①
カル達は一階への階段を駆け上がっていく。
壁にはいくつかの灯篭が等間隔で設置されていて、地下と一階を繋ぐ階段を仄かに照らしている。三人は階段の真ん中で倒れている王国兵を跨いで一階へと上がった。
「マジかよニケ……」
カルが思わずそう言ったのも無理はない。通路には十数人の王国兵が倒れていたからだ。潜入なんてものではなく、もはや突入である……痕跡をこれでもかと残していた。まだ王国兵にバレていない事、そして方向音痴のニケが地下牢に辿り着けた事は奇跡だと改めてカルは思った。
「皆、強引に言い寄ってくるのよ……」
「侵入者だから当たり前だろうが。はぁ……騒ぎになる前に二人を見つけないとな。多分上に居るはずだ、上がりながら見張りを置いてる部屋を探すぞ」
アレクサンドロス城の城壁には四隅に塔があり、城壁の中は通路で繋がっている。城門がある城壁にはさらに四つの塔に囲まれた城が隣接していて、王室、客間、居住区、見張り台や食料、武器などの保管庫がある。この保管庫の真下にある地下牢にカル達は捕らわれていた。
四角い城を一周出来るように、エントランスから客間などが一本の通路で繋がっている為、通路を走るだけで全ての部屋を探す事が出来る。
一階の居住区を抜け、客間がある赤い絨毯が敷かれた通路を走っていると革の胸当てをした王国兵士を見つけた。緑の上下に革のブーツ、武器は手にしていない。
「な、お前らっ!」
カルはうろたえる兵士の背後を取って短剣を首に突きつけると耳元で囁いた。
「二日前に捕らえた女達はどこだ」
「お前ら……どうやって逃げ……」
「答えろ!」
カルは強い口調でそう言うと兵士の首に刃を当てて皮一枚を裂いた。兵士は小刻みに震えるとその首から赤い色が滲む。
「分かった! 言うから! 三階に賓客をもてなす部屋がある……そこに……だからやめてくれ……」
震える声でそう言った兵士をカルは後ろから蹴り飛ばした。顔から転げ落ちたその兵士に今度はニケが小さめの雷魔法を放って意識を奪う。
「三階だな? 早く行こうぜ!」
フィガロはそう言うとドタドタと足音を鳴らして走り出した。カルとニケもそれ続く。途中出くわした兵士は有無を言わさずニケが雷魔法で黙らせた。
二階からさらに階段を駆け上がり、三階に上がる頃にはフィガロの息もあがっていた。両膝に手をついて体を支え、肩を大きく上下に揺らすフィガロにニケが問う。
「アナタもう少しスマートに走れないの?」
「しょうが……ねえ……だろぉ」
息があがって上手く喋れないフィガロとニケの会話を、カルが掌を広げて制止した。
カルの視線の先には部屋の前に立つ二人の兵士の姿があった。兵士達は向かい合って会話をしている為、カル達に気付いていない。
「ニケ……いけるか」
ニケはフィガロを押しのけて、掌を兵士達に向けると小さな雷の球体が二つ浮かぶ。ニケの体が微かに動くと雷球は矢のように放たれて兵士の頭に直撃した。膝から崩れ落ちた兵士を見て、フィガロが再び足音を鳴らして駆けだすと、勢いのまま両開きの扉を体でぶち破った。
「きゃあ!」
大きな音を立てた突然の訪問にリオナが悲鳴をあげた。部屋の中ではリオナの後ろにギンが隠れるように身構えている。だがカル達の姿を見た二人は笑顔を浮かべて安堵の声を漏らした。
「皆さん、無事だったんですね! ニケさんも!」
「良かった~……って何でその女が居るの?」
カルは持ってきた鍵でリオナと口を尖らせたギンの手枷を外した。怪我はないかと聞いたカルにリオナとギンは頬をゆるめて頷く。
「とりあえずこの城から出よう」
カルの言葉に皆が頷くと先程通って来た通路を走って引き返していく。三階から二階、一階へと階段を下りて出入り口があるエントランスホールに出た。
エントランスホールの中央付近から左右に二つ、階段が曲線を描いて二階へと繋がっている。カル達から見れば右手にあるその階段の前まで来た時だった。
「カァルゥゥ!」
頭上後方から名前を呼ばれたカルは振り返って見上げた。
そこには二階から剣を振りかぶって飛び降りてくるヴァイス・セイクリッドの姿があった。
「ヴァイス!」
カルは素早く短剣を抜くと、ヴァイスの剣を受け止めようと頭上に短剣を構える。ヴァイスもまた鬼のような形相で落下しながら剣を振り下ろした。
甲高い音を立てて刃がぶつかった瞬間、ヴァイスの全体重をかけた一撃にカルの短剣は押し下げられた。
「があぁぁ!」
止められないと分かったカルは咄嗟に右へと体を動かした事で、頭部への直撃は避けたものの左肩にヴァイスの剣がめり込んでしまう。カルは悲痛な声を上げて片膝をつくと左肩から血液があふれ出た。
口々にカルを呼ぶ声がエントランスホールに響き渡る。
「あの状況でよく判断したな……だが今日こそお前に勝ってやるぞ」
ヴァイスはそう言ってカルの左肩を斬り落とそうと、より一層剣に体重を乗せた。さらなる痛みと熱がカルの左肩を襲う。
その時、悲鳴を上げるカルを見下ろしていたヴァイスが自身に迫る何かに気付いた。
「っ!」
目を見開いたヴァイスはカルの左肩から剣を抜いて、迫りくる雷槍と氷槍を弾き飛ばした。ギンとニケが魔法を放ったのだ。次いで間合いを詰めていたフィガロが片膝をつくカルの頭上で剣を振り抜いた。
その一撃にヴァイスが後方へと距離を取る。
「すぐに回復します!」
リオナがそう言ってカルの左肩に手を添えて回復魔法をかけた。血だらけになった左肩を緑の淡い光が包む。
「くそぉ! 邪魔をするな!」
荒々しい声を上げてヴァイスは睨み付けた。
膝をついたカルの前にフィガロが立ち、カルの両側にはギンとニケが、そして後ろには回復魔法をかけるリオナ……皆がカルを守ろうとしている。
その光景がまたヴァイスの怒りに油を注いだ。
「なぜだ……なぜお前はいつも、俺に無いものを持っている! 力の次は仲間か! 次は何だ! 王位でも奪うつもりか!」
ヴァイスが声を荒げて言った言葉を五人は理解出来なかった。ただ、カルだけは怒りに身を任せたヴァイスを憐れむような瞳で見つめていた。
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