二十五話 最後のエルフ ①

 もうすぐユリの森の近くの町に到着するとして四人は甲板に出た。カルは何とも言えない表情で風を受けている。結局一人で干し肉を食べた事とフィガロが過去の話をした事が明るみになりそれらは相殺する事になった。


「よぉし! クソガキ共ぉ下降するぞ!」


 ビトーの言葉通り、飛空艇が高度を下げていくと小さく見えていた町が大きくなった。ビトーはこれからアレクサンドロス王国より招集されて王都アルストロメリアに向かうらしく、飛空艇の旅はこの町までとなる。ここからユリの森までは徒歩で行かなければならない。飛空艇が着陸するとビトーはカルに小さな装置を手渡した。


「そいつは通信機器だ。魔力を流せば通信できるぜぃ」


 手渡された装置は手のひらに収まる大きさで、四角い鉄の箱に宝玉が組み込まれているらしく鉄の継ぎ目から青い光が漏れている。これを持っていれば相手を念じて魔力を流し、相手が呼び出しに応じて魔力を流せば通信出来る。


「本当にありがとうございました」


 リオナをはじめ他の三人もビトーにお礼を言いながら飛空艇から降りた。


「今回はここまでだけどよ何かあったらまた言えよぉ!」


 そう言ってビトーの飛空艇は上昇していく。ギンが飛び跳ねながら手を振ると飛空艇は空を切ってゆっくりと小さくなっていった。

 飛空艇を見送った後、四人は一度町を訪れる事にした。カル達はこの町で食料の補給と魔獣関係の依頼の受注をしてからユリの森へと向かう。先立つ物は金である。



 *****



「面白い人でしたね」

「あぁ、一番びっくりしたのは昔、ビトーさんと博物館の館長が小型の飛空艇を乗り回してたって話だな」


 町を出れば緑と青の草原が広がっている、踏み出した足元が柔らかい。飛空艇でのビトーとの会話を思い出しながらリオナとフィガロが言葉を交わしている。


「そう言えばよ、ユリの森にはエルフが居るんだろ? でもムスカリに居た時にそんな話聞いた事ねぇんだよなぁ。カルは何か知ってるか?」

「さっき依頼人から聞いたけど、もう四十年ぐらい前からエルフの姿は目撃されてないって言ってたな」

「え~そうなの? じゃあエルフってもう居ないのかな~?」

「どうだろう……人見知りが激しいだけかもな。どっかの魔神みたいに」


 カルが皮肉交じりに言った言葉に皆が笑う。

 そんな会話をしつつも当然、魔獣と遭遇する。この辺りでは小型の魔獣が多く、角が一本生えた、四本足の白い毛皮に覆われた魔獣や羽虫型の魔獣と遭遇しては倒していった。


「あれがユリの森?」


 数時間ほど歩いたところでギンが指差した、その先には山に囲まれた森が見える。遠くからすでに違和感を感じていた四人だったが近づくにつれてそれはより一層強いものになった。


「……違う」


 リオナはそう呟いた。眼前に広がるのは映像で見た、先の見えない青く茂る森ではなく、生気を失って色褪せた木が混じっている。木の間隔も広くまばらで森と呼べるものではない。


「なんか想像してた森じゃねぇな」

「エルフ居そうにないね~」

「目的はエルフじゃないだろ。この森に祭壇があってそこに居る六神のルドラと契約する為に来たんだ」


 分かってるよとギンは頬を膨らませる。足が進まないリオナとフィガロを尻目に、カルは行くぞと森の中に入った。追うように三人も森へと入っていく。

 森に入れば、木々の感覚がまばらで木漏れ日が美しく、ひんやりとした空気に青臭さと少し甘い香りが混じり合っていた。


 カルは辺りを警戒しながらも進んで行く、少し開けた場所に出たその時だった。


 カル達の眼前にベージュのローブに身を包み、口元を布で隠した者が立ちはだかったのだ。薄紫色の長い髪と目元からカル達には女である事がすぐに分かった。手には弓を持ち、背中には矢筒を背負っている。


「そこで止まれ。痛い思いをしたくなかったら持ち物を全て置いて去れ」


 女がそう言うと背中の矢筒から矢を一本取り出した。それを見たカルも短剣を抜いて構える。


「盗賊に追いはぎか? やめといた方が良い、こっちはこの人数だぞ」

「数の利など無いわ。ここはワタシの森なの……地の利はワタシにある!」


 そう言って女は素早く弓を構えて矢を放った。放たれた矢はカルに向かって真っ直ぐに飛んでいく。

 キィンと金属がぶつかる音が響くと、カルが放たれた矢を咄嗟に短剣で弾き飛ばした。


「痛えぇぇぇ!」


 突然、カルの少し後ろに居たフィガロが声を上げた。カルがフィガロに視線を向けると左足に矢が刺さっている。


「なっ……あの一瞬で二本の矢を射ったのか」


 そう言って女に視線を戻す。カルには一度しか弓を引いていないように見えたのだ。女も何やら妙な顔つきでカルを見据えている。


「違ぇぇよ! お前が弾いた矢が刺さったんだよ!」

「え?」

「あぁ痛え……ああぁぁ! リオナ回復してくれ」


 幸い、勢いは弱まって矢じりが完全に食い込んでなかった為、フィガロは自分で矢を引き抜いた。リオナが傷口に手を当てて回復魔法を唱えると淡い緑色の光がフィガロの傷を癒していく。


「もうちょっと考えろよ! 俺に刺さってんだろうが」

「ああ? 俺が悪いのか? いきなり矢を射られてどう考えるんだよ」

「何かあるだろうよ! 風で防げ! 風で!」

「バカか! 咄嗟にそんな事できるか!」


「あの……」


「じゃあ前に弾けよ! 後ろにはリオナもギンも居るんだぞ!」

「だからいきなり無理だろうが! お前なら出来たのか?」

「おお、俺ならもっと上手く出来たぜ?」

「じゃあ聞かせてくれよ! どうやって防いだんだ? ああ?」


「あの……そろそろ」


「あれだよ……あれ。……矢を握って止めてたな」

「はっ! お前マジでバカだな。出来るかそんな事」


「いい加減にして! アナタ達の茶番に付き合う気はないの!」


 薄紫色の髪の女がそう叫んだ。目を細めて、いがみ合う二人を睨み付けている。カル達の後ろではギンとリオナが少し呆れた表情を浮かべていた。


「元はと言えば、いきなり射ってきたお前のせいだろうが!」


 カルがそう言うと、それもそうだとフィガロも片手剣を抜いて構えた。


「言う事を聞くつもりはないのね……いいわ。望み通り痛めつけてあげる」


 女はそう言うと再び矢を取り出して弓を引く。木々からこぼれた光に女の構えた矢じりが小さく煌めいていた。

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