二十六話 最後のエルフ ②
木漏れ日に煌めく矢じりが、解き放たれるのを待っているかのように小刻みに揺れている。女が限界まで引いた弦を解放した瞬間、弦は太い音を奏でて元の場所に帰った。そこから放たれた矢はまたもやカルを目指して、大気に穴を開けて進んで行く。
カルもまた再び矢を短剣で弾き飛ばした。矢は折れて二つになり後方に散っていく。折れた矢の一つがフィガロの横を通り過ぎていった。
「だあぁぁぁ! だから危ねぇって!」
「お前の立ち位置が悪いんだよ! もっと広がれ!」
フィガロは怪訝な表情を浮かべながらもカルから少し離れた位置を回り込みながら近づいて行く。女は再び矢筒から矢を取り出すとフィガロに向けて弓を引いた。
「何コイツら。ホント調子狂うわねっ!」
言い終わる瞬間に放たれた矢はフィガロの背中をかすめて木に突き刺さった。女が悔しい表情を浮かべてもう一度矢を取り出そうとした、その時。
「じゃ~ん♪」
女の耳に突如聞こえた声に視線を向けると、すでに間合いを詰めたギンが女の横から拳を突き出していた。女は体を捻って間一髪ギンの攻撃を躱す。躱されると思っていなかったギンだが瞳に映ったカルの姿にニヒっと笑う。
「だからやめとけって言っただろ?」
ギンに気を取られた女の死角から間合いを詰めたカルは、短剣を横一閃に振り抜いて女が手にしていた弓を真っ二つに斬り裂いた。女の顔を覆っていた布がハラリとほどけて宙を舞う。露わになった女の顔は褐色の肌にシャープな輪郭、切れ長な目に茶色がかった瞳、両耳がピンと尖っていた。
――こ……こいつ!
その顔にカルの頭の奥に痛みと記憶が巡る。それはムスカリでの村人が惨殺された記憶、ソニアが殺された記憶、そしてそれらを引き起こした半魔獣のような者の顔。
「あああぁぁぁぁぁ!」
突然、大声を張り上げて女を斬りつけようとしたカルを側まで来たフィガロが間に入って止める。女は驚いてその場に崩れ落ちた。
「おいカル! 急にどうした! もう武器は壊しただろうよ!」
「離せ! こいつがソニアを!」
「何言って……あいつはカルが倒しただろ! こいつじゃねぇよ!」
必死に抑えるフィガロが暴れるカルを落ち着かせようと説得を続けた。やがてカルは落ち着きを取り戻したが息が荒く肩を上下させて女を睨みつけている、肌の色や髪の色が違う事に気付くと女に問いかけた。
「はぁ……はぁ……悪い。似てるだけ……か。……お前何者なんだよ」
カルの豹変ぶりに腰の砕けた女がぼそぼそと小さく呟き始めた。
「……突然何なのアナタ。……ワタシはエルフよ。人間とエルフの混血、ダークエルフって呼ばれてたけど」
「ダークエルフ……他に、他にエルフは居るのか? 角が生えたエルフとか!」
「居ないわよ! そんなエルフ。ワタシ以外エルフはもう居ないの。たった一人の仲間も六年ぐらい前に死んだわ」
――六年前……
「じゃあそのエルフが死んで魔獣になった……のか」
「ちょっと、何の話をしてるの? 全然見えないんだけど」
ダークエルフである女の名前はニケ・ヘルフレイア。カルはかつてムスカリで起きた事をニケに話した。ムスカリの村が森を囲む山を越えた場所あった事、村を襲った者がニケに似ていた事、そんな中でも、腕の中でソニアの温もりが消えていくんだと涙を浮かべて語るカルに誰も言葉をかける事は出来なかった。
*****
「で、何でニケは追いはぎみたいな事をしてるんだ?」
一通り話し終えたカルは落ち着きを取り戻してそう聞いた。自分の口から過去を吐き出したせいか少しすっきりとした表情を浮かべている。
「父を探したいの……」
そう言ってニケは皆に背を向けてローブを脱いだ。肩と胸の下辺りまでしかない革製の白い服、左から右にかけて斜めになった白いスカート、ふくらはぎから下はロングブーツのようだがくるぶしから足の指先までは露出されていてヒールが高い、露出がかなり高く褐色の肌に白と金色の装飾品が映える。
それはもう下着ではないかと思うカル達だがニケはさらに上半身の服を脱いだ。
そして背中まで伸びた髪を右手で前に移動させると、細い首筋から肩に向かう柔らかなライン、膨らんだ肩甲骨とは対照的に背中に入った一筋のくぼみ、背中からでも見えるはみだした胸の丸み、そして腰に向かって細くなっていくくびれ。
細みながらも引き締まった曲線美にカルとフィガロは目を逸らせない。リオナも顔を赤らめて背中を眺めていたがギンだけはカルに牙を剥いていた。
「これが無いとワタシは生きられないの」
その言葉にカルとフィガロが我に返る。背中から見てちょうど心臓の辺りに青い宝玉が埋め込まれていた。
「いつからかは知らないけど、長寿だったエルフの寿命がだんだんと短くなって、四十年ほど前にワタシが生まれた時にはもう母を含めて十人ほどしか居なかったわ」
ニケは四十歳には到底見えないほど若く妖艶な雰囲気を漂わせている。四百年以上の時を生きるエルフにとって肉体のピーク時という状態がかなり長い。もともとエルフは大気に溢れる魔力を吸収して生命源にしていたが段々と上手く吸収出来なくなり、その寿命は十分の一ほどになった。ニケの父はそれを見かねてエルフと魔力の関係を研究し、宝玉から魔力を吸収し生命源に変換する装置をニケに埋め込んだ。
「その父も十年ほど前に消えたの……そして今ではワタシが最後のエルフ」
父親を探すにも金が必要になる、その為にこの六年間、ニケはこの周辺を訪れる種族を見つければ追いはぎをしていた。再び服を着たニケはカル達に体を向けると目的を問う。
「アナタ達は? どうしてこんな森に来たの?」
その問いにリオナが答える。
「私達は六神であるルドラと契約する為に来ました」
「ルドラ様と?」
そう言ってニケは品定めをするように一人一人に視線を向ける。ニケに対して唸るギンを見る時だけは何故か胸を突き出して勝ち誇った顔をした。ギンがさらに牙を剥き出しにしたのは言うまでもない。
「ふぅん……まぁアナタ達なら森を荒らしたりしなさそうだし。この奥に行けば神殿があるわ。基本的に魔獣は居ないし近くには水場もある。ただし、この森の一番奥には行かない方が良いわよ」
「何だ? 溜めた金でも隠してんのか?」
フィガロの問いに呆れた表情を浮かべたニケが答える。
「バカね……魔獣が棲みついているのよ。この森で唯一の魔獣……ラフレシアがね」
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