パラリンピック(3)

古原こはらはじめside】



 彼女はずっと指導してきた選手のなかでも、稀に見る天性の才能を感じていた。


 いままで十数年、すごい選手になる子たちを見るとなにかを感じる。

 例えるならキラキラと輝いて見えるがふさわしいと思う。


「古原先生、緊張していますね?」


 強化選手のコーチ陣のなかではだいぶ緊張して、チームJAPANの関係者が話しかけてくれた。


「ああ……初めてなんですよ。教え子が準決勝レースまで行くのは、不思議なんですよ」


 僕はいままで何人もこの選手が活躍すると言ってから、日本代表として国際大会に出場したりもしている。


「彼女は特別ですね」

「ええ。そう見えます」


 千鶴もその一人だったけど、彼女だけはすぐに活躍すると思った。

 ダイヤの原石、それもめったに見つからないものだと感じられた。


 もし事故に遭っていなければ、オリンピックの選手になれるような気がするほどだ。




 僕が彼女に出会ったのは四年前。

 僕はいつものように活躍できそうな選手がいるかを探しに陸上競技会に来ていた。


 中学生のパラ陸上の大会で上位入賞した子がいるっていうことで、ここにやって来た。

 でも、実際にその子に会ったのは中学三年生のときで彼女の中学の引退試合だった。


 アナウンスが聞こえてきた。


「第四レーン。坂井千鶴さん、北台中学」


 白と黒のシンプルなユニホームを着た彼女はとても輝いて見えている。


 パンフレットには戦績が出ていた。

 ほとんどが上位入賞、表彰台に上ったりもしているのでとても優秀な選手のようだった。


 どうやらパラ陸上に進んだのは二年前で、それまでは健常者として陸上大会へ出場していたという。


 事故か病気のどちらかで左腕を失ってからは、パラ陸上に転向したんだなと思っているんだ。


「あの子か……経歴もすごいな。でも、どうなるだろうか」


 おそらく健常者の大会でも上位入賞しているので、足は速いことが感じられたので少しだけ走りを見ることにした。


 僕は走りを見てどうなるか、彼女の走りを見たときだった。

 スタートダッシュのときから、ぐんぐんとスピードを上げていく。


「あの子、すごくない!?」

「ぶっちぎりのトップじゃん」

「坂井~、いっけぇぇぇ!」


 周りの観客もざわついていて、そのなかには応援してくる声が聞こえてくる。


 ずっと独走状態で彼女はゴールテープを切った。


 このとき決勝レースだったことを思い出し、彼女はぶっちぎりで優勝してしまった。


 しかも大会新記録のおまけ付きで。

 それを見た瞬間だった。

 全身に鳥肌が立っていて、それくらいの衝撃だ。


「こんな選手がいたなんて……」


 キラキラと眩しく輝くダイヤの原石のようなものを見つけた気がした。


 彼女をパラアスリートとして育てたいと感じたのは、このときからだ。


 千鶴が聖橋学院高校の陸上部に入部したとき、僕はコーチとしてパラ陸上の指導を始めて彼女は記録をぐんぐん伸ばしていく。


 国際大会にも日本代表として出場することになったとき、千鶴が話していたのを思い出した。


「古原先生。全国からは世界に行けるの? パラリンピックの枠とか狙えるかな」


 彼女はいつもよく頑張って、自力で夢へと走っていく。


「千鶴の実力次第だ。パラリンピックに枠を取ってきて必ず準決勝レースにたどり着けるよ?」


「決勝レースに出るのは楽しみ」


 そんなことを話していたけど、それが現実になるのがこんなに早いとは思わなかった。



「古原先生!」

「うわっ!? どどど、どうした?」


 千鶴が後ろから肩を叩いて、とてもびっくりしてしまった。


 冷や汗がどんどんと流れてくるのを、タオルで拭いていく。


 彼女は僕の慌てる様子を見て、少しだけ呆れている。


「先生……ようやくこっちの世界に戻ってきた! 毎回毎回、考え込んじゃって」


 僕も緊張していたから、彼女なりのほぐし方をしてくれた。


「あぁ……ありがとう。千鶴」


 彼女は間もなく準決勝レースが始まろうとしていた。

 でも緊張しているはずなのに、周りをよく見ている気がする。


 そのまま彼女とは別れて、トラックの方を見つめた。

 日の丸を背負って立つ彼女の姿は、とても夢のような気分になる。


 しかも、四年に一度の大舞台だ。


 千鶴と僕が夢に見ていた場所で走っていく。


 彼女は不器用なコーチについてきてくれて、その分を走りで返してくれる最高の教え子だ。


 夢にまでみたパラリンピックの舞台にも慣れてきたのか、少しずつ走りもよくなっていた。


「On your mark……set.」


 アナウンスが聞こえた。

 彼女の表情は楽しそうで緊張している、そんな感じだった。


 僕は選手でもないのに、めちゃくちゃ緊張し始めてしまった。


 現役時代は僕を思い出して、右足を触ると無機質な材質がズボンの上からでもわかる。

 僕は病気で右足を失ってから、義足のパラ陸上の選手だった。


 あの頃とは全く違う気がする。


「千鶴……落ち着いていけ。大丈夫だから」


 そのまま彼女は準決勝レースへと続くトラックの上を走り出した。

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