パラリンピック(2)
【
俺が坂井がパラリンピックに出場していたのを聞いたのは、その日の昼にやっていたニュースだ。
「マジで? すげぇな……」
LINEの通知音が半端なかったので見たら、すごいことになっていたのでびっくりしてしまった。
そのまま予選を突破し、まもなく準決勝レースが始まるらしい。
テレビの向こう側――国立競技場のトラックに屈託のない笑顔で競技場の観客席にお辞儀している坂井がいた。
胸に日の丸「JAPAN」とプリントされたユニホームを着ている。
「坂井……すごいな」
俺は中学時代のアイツを知っているけど、一年のときは交通事故に遭ったときが一番暗かった。
それはたぶん左腕の一部を失ったのが原因だったと思う。
学校に戻ってきた坂井の左腕がなくなっていたことも、驚いてしまったことを覚えている。
その理由はいままでのような感じで陸上ができないってことだと思ったけど、まだこの頃は心配するくらいになったりもしていた。
その年の冬にパラ陸上に転向してからは、事故に遭う前ように陸上部にも復帰してくれたんだ。
表情も自然と明るくなって、部員が安心してしまったほど元気になっていた。
走るのは練習をするたびに速くなっていて、部活はいつも一番乗りでストレッチをしていた。
「坂井。相変わらず速いな~」
顧問の先生がびっくりするくらいで朝練とかも一番乗りだった気がする。
そのときから義手を使っているのを、ずっと高校の部活を引退するまで見ていた。
突然、中学時代の坂井の声がことを頭の中に響いた。
「みっやまぁ~! お疲れさん」
彼女に楽しげに名前を呼ばれて振り返った。
そこには私服姿の坂井が手を振って、駆け寄ってきた。
「来てくれてありがとう!」
彼女以外の陸上部員の引退試合が終わった帰り、坂井はパラ陸上の大会を今月末に控えている。
「深山は惜しかったね~、あとちょっとで関東大会だったもんね」
「そうだよな。悔しい~! 坂井、お前……結構来るよな?」
陸上部の試合があるとほとんどやって来ている。
でも、応援する声が聞こえてきて、とても安心して走ることができた。
「いいじゃん? 陸上部の仲間を応援しに来るの、ダメなの?」
最寄り駅を出ると同じ方向なので、一緒に帰ることが多かった。
「ダメじゃねえよ、大会。今度あるよな?」
坂井はパラ陸上――障害のあるアスリートが出場する陸上の大会に出場している。
そのなかでも大会で上位入賞するようになったとき、タイムを見たときにやっぱり足が速いと思った。
「深山、高校はどこに決めたの?」
部活を引退後はもう高校受験に向けての準備を進めないといけない時期になっていて、すでに俺は坂井に決めている高校のことを話すことにした。
「え? 俺は……陸上部の強豪に行くつもりでいるけど。坂井は?」
坂井は後ろ向きで歩いて、話を始めた。
危ないんじゃないかと思いながら、彼女の話を聞くことにした。
「わたし~? 近くの聖橋学院にした。あそこの設備いいしね」
「え? マジで」
聖橋学院は私鉄で十分ほどの所にある私立高で、部活が盛んな学校として有名だ。
俺は同じ高校で陸上部に入部したとき、まだ希望に満ちた気持ちでずつ練習をした。
でも入部してから坂井と俺の明暗が、はっきりと分かれてしまった。
俺は高校に入るとずっと記録が伸び悩み、引退試合直前には膝を壊して泣く泣く高校時代の部活は終わった。
「千鶴! 自己ベストだよ、今度の大会も優勝するんじゃないの?」
俺の不調とは反比例するように坂井は、どんどんと自分の記録を伸ばしていた。
しまいには日本記録まで抜いてしまった。
国際大会にも出場する日本代表としての活躍をしていた。
彼女は常に人の輪の中心いた。
それを見て、羨望と嫉妬が渦巻く複雑な感情を抱いていた。
あれから一年が経つ。
坂井はスポーツ推薦で有名な体育大学に進学し、練習をしながら学校に通っているらしい。
俺は内部進学をせずに専門学校に進学して、スポーツトレーナーの資格を取るべく勉強中だ。
部屋で予習と復習をすることにした。
いつかはアスリートを支える裏方になれればいいと思う。
そのために勉強するのは大切だと思う。
勉強する前にスマホを出して、坂井の予選レースでの映像を見る。
スタートダッシュを見たとき、アイツは高校時代と全く変わらない表情で走っていく。
脳裏には中学、高校時代の部活で練習しているときの真剣な表情が浮かび上がった。
映像を見終わるときには、もう目の前がぼやけてきた。
「すごいな……坂井は」
いつの間にか、涙が頬を伝っていた。
それは羨望や嫉妬、悔しさとか……そういった感情ではなかった。
俺はあの真剣に陸上に向き合う坂井のことが好きだった。
必ず想像の斜め上に常にいて、絶対に目標は達成することを信じている。
俺は再びスマホの電源を落として、机に向かった。
「さてと……勉強しようかな?」
坂井もがんばっているんだから、俺も夢に向かってがんばらないと感じた。
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