目標はスタートライン
須川 庚
パラリンピック(1)
【
オリンピックの熱狂を余韻を残しながら、東京はパラリンピックが始まっていた。
わたしはレポート課題に打ち込んでいたが、なかなか進む気配は感じられずに諦めかけていた。
「――国立競技場では女子100mの予選がスタートしております」
テレビからはパラリンピックの中継が始まってる。
「お姉ちゃん。チャンネル変えてよ~」
妹がアイスを片手に命令してくる。
「はいはい」
テレビのリモコンを持ち、チャンネルを変えようとしたときだ。
「――日本女子期待のエース、坂井
その選手はオリンピックと同じデザインの陸上の日本代表のユニホームを着ている。
わたしはその面影を残した彼女を見て、ただ驚くしかなかった。
「えぇっ!? 千鶴?」
それは高校時代の同級生の坂井千鶴だったことだ。
高校時代も実際に『学年一の俊足』と呼ばれていて、体育祭では個人種目で三年連続の学年記録を更新していた。
中学生の頃から一緒の子から聞いたけど、中学生の頃も個人種目と学級対抗リレーは三年連続で記録を更新していた。
そのおかげで『クラスに千鶴がいれば、体育祭の総合優勝は確実』っていうジンクスが生まれたほどだ。
「お姉ちゃん。チャンネル、変えてもいい? つまんないよ」
「このレースまで、同級生が出てるの!」
それを妹に話すと、とても驚いていた。
「お姉ちゃんの同級生!? すごいじゃん」
今日は予選レースで、千鶴は初めてのパラリンピックだと実況で聞いた。
千鶴は陸上部で全国大会のみならず、国際大会にも出場していたことも知っている。
「パラリンピックに出場することをなんで知らなかったの!? 逆に不思議だよ?」
「だって、大学はバラバラだし。会う機会もほぼなかったしね」
中学時代に交通事故で左肘から先を失ったのを知ったのは、同じクラスになった二年生のときだ。
義手だということを気にせずに過ごす彼女は屈託のない笑顔で、クラスの中心で笑っていたことが多かったような気がする。
「あ、すごい」
わたしはその中継を見ていると、千鶴がトラックに入ってスタートラインに立っていた。
オリンピックとは違うのはどの選手もどちらかに義手を着けていることが多いことだ。
調べたら先天性のものや事故、病気などで腕を失った選手のいるクラスだとわかった。
千鶴の場合は交通事故で左腕の一部を失っていて、そのときはほんとに死にそうだったと話してくれた。
あとは健常者とルールはさほど変わらないこともわかったので、スマホをテーブルに置いてテレビを見た。
「坂井選手、日本記録保持者でありますが、世界の壁に立ち向かえるのか?」
実況が話し終えるとスタートの直前の選手たちは、すでに膝をついてスターティングブロックに足をかけているみたいだった。
「On your mark……set.」
間もなくスタートの号砲が鳴るみたいで、会場内は静かになった。
テレビの向こう側にいる彼女は緊張した面持ちで、スタートラインで号砲を待っていた。
あんな表情を見るのは久しぶりだった。
その姿を見ると体育祭の学級対抗リレーのときを思い出す。
真剣な目つきでスタートの姿勢をする彼女の姿はさながら獲物を狙う猛獣のように見えた。
「もう去年のことなのか……」
そのときだった。
テレビの向こう側から号砲が鳴り、選手たちが走り出した。
千鶴はトップスピードに乗って、トップ選手に食らいついていく。
「千鶴~、ガンバ~!」
「お姉ちゃん。うるさいよ~」
妹の
ラストスパートに走り、ずっと一位と二位の選手を抜けずにそのままゴールしていた。
ちょっと悔しそうにしながら、千鶴は走ってきて方を向いてお辞儀した。
そのまま彼女は三位でゴールしたときのタイムは自己ベストで、日本記録を更新していた。
テレビは次のレースのために、次のレースに出る選手紹介を始めていた。
「うわ! めちゃくちゃLINEが来てるし。とてもすごいんだけど」
「マジで? すごいじゃん」
わたしはスマホのLINEの通知がとんでもなく多くなっていて、すでに百件は来ている。
一年から三年のクラスLINEが賑わっていて、めちゃくちゃメッセージを追うのが大変だった。
そのクラスLINEも卒業以来、全く稼働はしていなかった。
この賑わいは二年前の冬季オリンピックに同級生が出場したときと同じくらいだった。
それから数時間後にメッセージが来ていた。
『みんな。メッセージ、ありがとう。これからも応援よろしくね!』とメッセージが千鶴から送られていた。
そのメッセージにも反応したみんながスタンプを送っている。
「よっしゃ! レポートを完成させよう!」
まだ千鶴の試合は始まったばかりだった。
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