第五話『風呂物語』

 ギルドから宿へ帰る道でレンタは右手をグーの形にして上空に高く上げ、金銭が入った小さめサイズの袋を左手に握りしめていた。

 そう、遂にクエスト報酬を手に入れたのである。

「それにしても驚いたわね。まさかグリーンスライム5体倒しただけで銀貨3枚だなんて。」

 フランデリがレンタの左手から素早く取り上げた小袋の中を見ながらそう言った。

「ああ。超難しいクソクエストは進んでやる人少ないけど、超簡単なクエストを進んでやる人も少ない。そのせいで報酬がどんどん膨れ上がったんだな。得した。」

 フランデリはレンタの手の中に小袋を戻しながら、うんうん、と頷いた。

「そうね、確かにグリーンスライム討伐なんて一瞬よ一瞬。」

「お前は泣きべそかいてただけだろう。」

 レンタが何の迷いも無く本当の事を口にすると、フランデリの動きが一瞬固まる。

 そしてレンタの服の胸ぐらを掴みあげると、赤らんだ顔で小さく怒鳴る。

「何よ、折角その事気にしない様にしてたのに思い出させないでくれる。それに私は粘液を頭から掛けられても気持ちが折れなかったのを褒める方が優先でしょ。」

「…苦しいからまず離せ。」

 フランデリが手を離すとレンタはまず乱れた服を整理し、彼女と目を合わせる。

「一つ言いたい事があるのだが。」

 レンタがそう言うと、フランデリはビクッと身体を震わせた後目を反らして、

「い、痛くしないでね?」

 と、言った。

 そこでレンタの頭の中で何かがプチンと切れ、レンタはフランデリの顔に人差し指を向けた。

 そして、こう怒鳴った。

「だから何でお前はそうやって誤解を招く危険性がある発言を簡単に言うんだ。」

「…誤解?別にそんなやましい事はしてないだろう?」

 フランデリが何も分かっていない様なので少し黙って耳をすませてみる様に言う。

 すると喋っている音にかき消されていた周りの住民達のひそひそ話が聞こえる。

「あの男、女性にあんな事やこんな事を…?」

「いや、マジで?信じらんない…。」

「同じ男として恥ずかしい…やるならもっとコッソリやれ、どっかの野郎め。」

 最後の発言の主が少し気になるが全面的に見れば、フランデリがレイプ被害者でレンタが加害者という方向で話が進んでいて、レンタが批判されている様だ。

「…な、分かっただろ。」

「ええ、そうね。レイプとかって大抵世間からは一般的に男が加害者で女が被害者って言う風に見られるのよね。」

「違う!誤解される発言を控えろと言ったんだ。取り敢えず早く宿に戻るぞ。」

 こうして単純ながらも複雑な誤解を招いてしまった今日この頃である。


 前話に書いた通りレンタとフランデリが借りている安宿は安い割に充実している環境である。

 一階には受付と食堂と風呂と一人部屋が九つ、二階には二人部屋が同じく九つ用意されており、部屋の中は質素ながらもキチンと掃除がされていて綺麗だ。

 食事代と宿泊代は別物なので、それ程お金は掛からないのだ。

 お風呂は露天風呂付きだが、代金は取らず、風呂上がりに食堂に行けば牛乳が任意で配られる銭湯式風呂である。

 勿論混浴では無いので期待し過ぎ無い事が大切だ。

 拭きタオルや着替えは用意されてないのでそれらは自分で持っていかねばならない。

 レンタとフランデリはそれぞれの着替えとタオルを持って風呂へ向かった。

 レンタは男性の暖簾、フランデリは女性の暖簾を潜り中に入っていった。

 風呂の中は左右が違うだけで、風呂の構造や場所は同じである。

 レンタは空いているロッカーを探して、そこの鍵を開けて中に下着などを投げ入れていく。

 ドライヤーと鏡付きの洗面台や体重計が置かれ、風呂に入る前からその立派さに圧倒される。

 床は暖簾の色と合わせてあるのか薄い青色(水色と言った方が近いか?)で、恐らく女子の方は桃色か薄い赤色のどちらかだろう。

 レンタはこう見えても銭湯というのは初めてなのでまずはルールを見てから入りたいと思う。

 風呂の横開きドアの横の壁に設置されたルール書きに目を通す。

[1.銭湯の中で走り回らないで下さい。]

「ふむ、これは当たり前だな。もし床に偶然石鹸が滑ってきたらそれ踏みつけて後頭部のタンコブ出来ちゃうし。」

 分かったのか分かってないのか、分からない様な解釈をしてレンタは読み進める。

[2.タオルをお湯の中に入れないで下さい。]

「これは、浴槽が静かな所で身体を洗った後によく濯いだ時、石鹸カスが浮いてくる事があるから、湯が汚れちゃうんだよな。一回お父上が頭に乗せていたタオルを湯に落としてしまって、流れていったタオルをクロールで取りに行ってたのは面白かったな。」

 ブラック・ダンカーは意外とおっちょこちょいな性格も持ち合わせている様だ。

[3.掛け湯をきちんと掛けてから風呂に入って下さい。]

「掛け湯…。よく分からんけど入ったら分かるよね。うん分かる、大丈夫!」

 何処か分かっていない様な雰囲気を醸し出している。

[4.タトゥーは駄目絶対!]

 レンタは思わず首筋に彫られた悪魔の紋章をチラッと見る。

 これは魔神族の王筋の身体の一部に彫られる事になっている紋章でその時に彫られる痛みは感じないという。

 タトゥーとは別物なので、気にする必要は皆無である。

[5.後は自分で考えなはれ。by宿主]

「………」

 これは言葉にしづらいので却下して行く。

 ルールを一目確認した後、レンタは横開きドアを開けて風呂場に足を踏み入れた。


「ここが…銭湯!」

 フランデリはその光景に目を奪われた。

 水風呂や泡風呂など様々な風呂が準備され暖かさの海に飲み込まれる至福の場所。

 そして美乳の宝庫が今ここに集結しする。

「素晴らしい…。早く入らなければ…フランデリいざ行かん!」

「待って!」

 フランデリが風呂に向かって足を上げようとした時、一人の女の声がフランデリを呼び止めた。

 ビクついて後ろを振り返ると茶髪の女性が真っ直ぐ立っていた。

 目は糸目で茶髪長髪、スタイルが良く胸はCに近いBといったところか。

 フランデリは思わず顔を赤らめ、しどろもどろしながらこう言った。

「あの、その、あられも無い姿で人前に出るのは駄目ですよ…?」

「何言ってんの!ここ銭湯だし、それを言うなら貴方もあられも無い姿よ。」

(注:銭湯では無くあくまで宿泊宿です。)

 痛い所を突かれ、さらに赤面するフランデリの腕を掴んで、女性は掛け湯の前へと連れ出す。

 そして湯桶を指差してこう言った。

「お風呂に入る前に掛け湯で身体を流してからじゃないと駄目なのよ。」

 フランデリはその言葉を聞いて、自身が掛け湯を通り越して風呂に入ろうとしていた事を知り、さっきとは別の意味で赤面した。

 そして教えてくれた事に対し恩赦を申し上げる様に頭を下げてこう言った。

「教えてくれた事に感謝致します。失礼ですが貴方の名前を…。」

「ラヴィ。ラヴィ・ア・サフレコフよ。宜しくね。」


 その後、風呂を上がったレンタとフランデリは食堂にて冷たい牛乳に癒やされたのだった。


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