鬼(中)
私は良い子でありたいと思います。
それは大人から褒められるような良い子という意味ではなく、
自分自身を肯定出来るような良さを持ちたいという意味です。
友達と仲良くしたり、困っている人を助けたり、
誰もいないところでゴミを拾ったり、健康的な生活を送ったり、
他人に評価されたいというわけではありません、私が私を評価したいのです。
私自身が私自身を褒められるように生きていきたいです。
夜ご飯まで我慢できなくて、唐揚げを少しつまみ食いしてしまったり、
早起きをするつもりで二度も三度も眠ってしまったり、
なんだか無性な恥ずかしさがあって、電車でおばあさんに席を譲れなかったり、
そうあろうと思っても、実際そうであることはなかなかに難しいです。
ハーンさん達と遊んだ翌々日、なんの変哲もない月曜日のはずでした。
朝礼の時間になっても、席は二つ空いていて、
クラスメイト達の間に、奇妙などよめきのようなものが広がっていました。
誰かが具体的に言葉に出したわけでも、
机の上に花が置かれていたわけでもありません。
「葛城、花田の二人が昨日の夜から帰ってこない……」
普段は陽気な担任の柏木先生が、
舌が錆びついてしまったかのような重々しい口ぶりで言いました。
葛城さんと花田さんの二人に繋がりがあったならば、
どれほど良かったことでしょう。
葛城さんは女の子で、私の友達で、花田さんは男の子で、野球部で、
少なくとも二人が会話をしている姿などを見たことはありません。
二人で遊びに行ったっきり帰ってこないであるとか、
もっと言えば、二人は付き合っていて駆け落ちごっこをしたであるとか、
そのような、楽観的な想像の余地はありませんでした。
特に繋がりのないクラスメイト二人を狙うような悪意があるとか、
あるいは、葛城さんも花田さんも別々の悪意に別々に襲われたのではないかとか、
私達は結構こどもで、穏やかならざる想像ばかりをしてしまいます。
葛城さんは真面目な女の子で、花田さんも野球に熱心で、
二人が同じタイミングでたまたま家出をしたなどとは誰も考えませんでした。
現実がどうであれ、皆が皆、それ以上のことを考えました。
――夜を歩く時は気をつけてね、人の皮を被った鬼が出るよ。
八雲さんの言葉がリフレインします。
この街には鬼が出ます。
そして、その鬼は私なのかもしれないのです。
何故ならば、葛城さんを殺したのも――また、私だからです。
どうしようもない罪悪感がありました。けれど、楽しかったです。
死体は裏山に捨てて、撮った写真はプリントしてクッキー缶の中へ、
そして、たくさんの写真が詰まったクッキー缶は、私の学校鞄の中に。
常に持っていたほうが安全だと思いました。
何故、こうなってしまったのでしょうか。
野良猫が毒餌を食む様、頭蓋骨の叩き割れる様、
可愛い見た目から中身があふれる様、
葛城さんの困惑する表情、言語にならなかった叫び、
制止しようとしたのか、あるいは縋ろうとしたのか、最後に手を伸ばした手。
私は泣きながら笑っていました。
何故、人を殺すという行為は、こんなにも楽しいのでしょうか。
それからの1週間、消えた二人は見つからないまま、
表面上は皆、何も変わらないまま――
それでも、皆が皆、薄皮の下に言語化できないような複雑な感情を隠して、
日々は過ぎていきました。
まだまだ蝉が鳴いています。
一週間で死ぬはずだった彼らは、自分の寿命のことを忘れてしまったかのようです。
アスファルトに肉を置けば、焼けてしまいそうな暑い日々は今日も続きます。
学校にはクーラーが設置されているから良いのです。
しかし、学校が休みである土曜、日曜は、たいそう辛くてしょうがありません。
私は今日も『フラワリィ』に向かいました。
そのはずでした。
「おにさんこちら!おにさんこちら!」
今日も先週と同じように、ハーンさんの手を叩く音と鬼を呼ぶ声が聞こえます。
彼女たちに近づいてはいけません、その程度のことはわかります。
今は鞄も持っています、その中に硬質的な膨らみがあります。クッキー缶です。
彼女たちに中身を知られたら、私こそが鬼であるとばれてしまいます。
それでも、炎に惹かれる虫であるかのように、私は石造りの鳥居をくぐりました。
虫と違うところは、私は自分が焼け死ぬ運命を知っているということです。
「てのなるほうへ!」
パン、パン、パンとハーンさんが手を叩きます。
子どもたちと共に、私も神社を駆け回りました。
ハーンさんも、八雲さんも、子どもたちも、私も、笑っていました。
そして、突如として立ち止まったハーンさんが大きな声で言いました。
「あぁ!おにだ!おにがいるねぇ!」
けらけらと笑いながら、ハーンさんが叫びました。
「鬼ですね!ハーン先輩!鬼が見えたんですね!」
ぜいぜいと蝉に負けぬ声で叫んだハーン先輩に、
やはり、それにも負けない大きな声で八雲さんが言いました。
私は、彼女たちが言葉を発した瞬間に――逃げ出していました。
「あはははははははははははは!!!!!!!!」
笑いながら、ハーンさんが私を追いかけます。
太陽はぎらぎらと輝きましたが、
その白い肌に一滴の汗も流れてはいないことを知っています。
そして、金属バットを金棒のように振り上げて、八雲さんも私を追いかけます。
天使のような顔に、獲物を追う肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべて。
鬼ごっこです。
しかし、私は追う側ではありません。
殺す側でもありません。
鬼が追われ、鬼が殺される。
これはそういう遊びなのです。
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