第34話 肯定されたタノシサ

朝は夏であろうと冬であろうと、布団から出られない。


太陽光で起きるとか、90分周期で睡眠時間を調整するとか、ブルーライトを避けるとか、あまたの改善策を試みたが、マシになる程度で大した効果を実感した試しがない。ちなみに、90分周期で睡眠を調整するに関しては効果がないとまで感じている。しかし、しないよりした方が良いと言うことは体感的に分かったので、日々それらの策に取り組んでいる。俺はおおよそのことを一人でやる“アマチュア一人暮らし”の高校生なのだろうと思っているが、アマプロ関係なく朝は自力で布団から出なくてはならない、そう言うものであろう。


長々と御託を並べるくらい、「朝が弱い」なら、学校のある平日の朝はどうしているのかね、という問いが浮かぶ者もいよう。その答えは「危機感」である。学校に行ってサボるのと行かないでサボるのでは、行ってサボる方がよっぽどマシで、無駄がないと言う結論に至ったのだ。



まあ、このようなことを布団の上で天井を眺めながら考えている今の時刻は朝の6時なのであるのだが...


何となしに早く起きてしまう、と言ったことは全くもって自然なことだ。


そろそろ、脳が動いてきたので、上半身を持ち上げる。

自室の扉を開き、普段通り朝食を食べるべく、鍋に火をかける。

タイマーをかけ、昨日の夜からそのまま置いてあった適当な本を開く。


元来、独り言が多いのは止まることを知らず、今もなお健在である。


ページをめくりながら、俺は言う。


「なるほど。果たしてそう言い切れるか」


そう言った直後、俺はゴクリと唾液を喉へ送った。声が正しく出ていなかったのである。俺が発した声は悪戯に喉仏の付近を揺らして、俺の声は喉や口腔の筋肉を行使することで前方にこぼれ落ちた。


これは些かまずいと感じ、俺は冷蔵庫から麦茶を取り出し、グビグビと口から喉を通り、食道へと水分が通っていくのを確かめながら飲んだ。


そのうち、セットしていたタイマーが、なんだ喉を潰したか、この貧弱ものめ、と言わんばかりに鳴り出す。戸棚から茶碗を取り出し、その流れでタイマーを止めつつ、お玉を右手に取り、味噌汁をよそう。それを食卓に置き、冷蔵庫から出した適当なおかずを電子レンジにかけている間に、炊飯器から米をよそい、味噌汁の脇に置く。


腰をかけると、いったん味噌汁をすすり、おかずを少量口に含み、米をホイホイと駆け込む。それを何回か繰り返し、たまにズズズっと多めに味噌汁をすすり、再びおかずと米を口に含む。

温かい味噌汁のおかげか、喉の調子が普段通りに戻った。


理由もなく昨晩こしらえた味噌汁だが、こればかりは昨日の俺に感謝するべきであろう。



いつも通り、玄関の鍵をかけて学校へ向かう。


“いつも通り”ね。俺の“いつも”は今日も一風変わったものとなるであろう。

それを少し誇らしく思う。



ホームに降りて上を見上げて電光掲示板の中央の時計を見ると、どっからどう見ても、早すぎる到着だ。多少寄り道を挟みつつ、ゆっくりめに歩いたとしても、数十分は早く教室にいることになるだろう。


さて、どうしたものか、そう思いながら普段より些か丁寧に改札機にタッチをしてみる。ちりも積もればとはよく言うが、そのような行動をとったところで、到底時間調整にはなり得ないことは重々わかっている。急いでいる時に限って、タントーンといかにも機嫌が悪そうに叫ぶくせに、こう言う時に限ってはやかましくない、合理的な判断ではないであろうが、そう思ってしまう。

そうだ、急いでいる時に限って改札機が不機嫌なことを証明してやればフィールズ賞をもらえるんじゃないか。食パンに続き、改札機もといった具合に...いやだめか。急いでいる時ほど雑にタッチするからしっかりと読み取れないのだ。

そう、自己解決に浸っていると、俺の左斜め後ろから、甲高い電子音に混じって声が飛んできた。

「あら、早かったのね」

「そっちこそ早いじゃないか」

どうやら、俺と雪宮は同じ電車に乗っていたらしい。


「あら、喉の調子が悪そうね」

「そうか」

「ええ」

まあ、味噌汁を朝に飲んだくらいで治らんことは知っていた。

「朝、どっか行く用事でもあったのか。こんなに早く着いても、この辺りじゃあ何か時間を潰すこともできないだろ」

喉の調子についてこれ以上聞かれると少々恥ずかしいので、半ば強引に話題を変えた。

「いえ、早く起きてしまったのよ。家にいてもすることがないからと出てきたのよ」

「なんだ、俺らに会うのが楽しみになっちゃったか」

俺は彼女を揶揄うように言った。彼女がそれを楽しみにしていたかどうかはともかく彼女ならば、「そんなことはない、お前の方こそどうなんだ」と言った具合に切り返すと思ったのだ。

「ええ、そうね。きっとそうだわ」

彼女はそう、そっと俺から目をそらして言った。俺は彼女のその返しに少々動揺したが、それ以上に彼女の表情に困惑した。日に当てられた自身の体を目の前にそれを自ら冷やし、落ち着けているように見える。俺は彼女のしぐさや表示に当惑しながらも言った。


「まあ、かくいう俺も”楽しみ”だったんろうがな。この喉な、一日中お前らと話していたからだと思うんだ。というか、そうでないと、説明がつかない。楽しくなっちゃったんだろうな、俺は。だから、喉もこんなんだし、こんな時間に着いたわけだ」


いや、こんなところでボッチの弊害が出るとはね、そう最後の跳ねのけるように言おうとしていた。しかし、そう言おうとした俺の目に飛び込んできたのは雪宮の楽しそうに微笑む姿であった。このとき俺がより客観的で、冷静に彼女の表情を見ていれば、それを”楽しそう”と感じることはなかったかもしれない。しかし、俺には確かにそう見えた。


「そう、良かった」


そうか、そうだな、雪宮。良かったさ、きっと。


俺はそう自身を肯定した。




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