第33話 彼女らとなら もがいてみようか

数学や物理の問題を解いていると、ふともっといい方法はないものかと考えてみたくなる。しかし、いや とりあえずは参考書の言う通りにやってみてからだと言い聞かせて2、3行は式変形をしてみるが、どうしても試さずにはいられなくなることがしばしばだ。


与えられている式、ないし状況から立てた基本的な式をこうではないか、ああではないかといじってみる。結局はやはりダメであったかとなるのが常々のオチなのであるが、まれにうまく行ったりする。これがたまらない快感として残り続ける。このようなことをしていると、教科書にいかにも暗記してくださいと言わんばかりに目立たせてある式の別の解釈を導いてみたくなることがある。そういった機会は授業中に突然湧き上がってくるものだから、結構いい暇つぶしになる。


このようなことは大してどころか、おおよそ受験には役立たないのであろうが、どこか没頭してしまう。電話中の落書きというものは電話の内容からすれば大した意味がないのにも関わらず変に凝ったものを描いてしまった、そのようなことを経験している人間は少なくないであろう。要はそれと同様のことであって、違いと言えばペン先に何があるか、その程度である。



「うわ、それ何書いてるの?」


こう、ある意味純粋に聞く追浜は、どこか興味深そうに俺の手元を覗き込む。彼女のこういった態度というか行動はどこかとても清々しい。このようなことを休み時間中にやろうものなら、いわゆるキモいやつといった表現で揶揄されることになる。悪口や陰口に対するダメージはこちらの行動次第で“我関せず”といった方向へ持っていけるのであるが、キモいやつといったイメージは良からぬ面倒ごとを呼び込むことが予想されるから、教室内でいかにも勉強していますといったようにペンを走らせるのは控えている。そんな周りの目線なんて気にするなという考えがあるのは承知の上だ。しかし、学校という閉鎖的な空間でこの対応は賢明であると自負している。自身の行動を禁止するといった制限をかけるのではなく、起こすタイミングを図るといった制限をかけているのだから。


「いや、ちょっと思ったことを書いてみただけだ」


字面からすれば清々しさとは何処へといった返ではあるが、俺は彼女のする自分自身の感覚にそぐう行動や態度いったものをとても気に入っている。


「ひと段落ついたみたいだけど、先程の話、少し考えてみましょうか」

そう雪宮がいった。

「そっちはいいのか」

「私の方は大丈夫よ」


「でもねぇ、新しい体育祭っていってもね...」

追浜の発言はごもっともだ。そこで一つ提案をしてみることとする。

「とりあえず、今の体育祭がどんなもんなのかを書き出してみるか」

俺はそう言って腰を椅子から持ち上げた。太腿のあたりの血液がじわりと流れていくのを感じる。そのまま俺はまるで壁と同化していた黒板を、やつがキィキィと抵抗するのを差し置いて手前まで引き出した。おそらくは俺らがこの部屋を使う前からあったであろうチョークを手にとり、俺は再び腰掛けた。

「なんかあるか」

「私が初めてこの学校で体育祭を経験するってことを忘れていないかしら」

「いや、流布している体育祭のイメージを言ってくれればいい。前の学校のものでも構わない」

「競技とか演目を言えばいいってこと?」

「いや、まあそれもそうなんだが。体育祭のイメージやそれから感じることを連ねてみたほうがいいんじゃないか。例えば、そう『見ていてもつまらない』とか『練習に大して身が入らない』とか」

「ああ、そういうことね」

すると、雪宮はキレ良く、俺の言う“体育祭のイメージ”とやらを探るが如く返した。

「なら、秋とかはどうかしら」

「いいんじゃないか。実際休み明けにやるんだからな」

俺はそういうと立ち上がって、「体育祭」とど真ん中に書き込んだ後、そのサイドにのぎへんに火と書き込んだ。さらにそこから少し離れた場所に「見る つまらん」「練習 つまらん」と書き込んだ。

「陸上競技ばっかり」

「そうだな」

「弁当箱なんてどうかしら」

「随分と可愛げのあるやつだな」


「運動が苦手なやつが見せ物になるなんてどうだ」

「ああ、確かにねぇ」


「そういうのがよくそうすらすらと出てくるわね」

「現実に率直なだけだ」


そこからはある種の連想ゲームであり、本校の体育祭に関するイメージや抽象的な事実、具体的な状態なんかを列挙していった。


黒板がおおかた埋まってきたところで雪宮がいった。

「それでこれからどうするのかしら。あなたのことだから、何かあると思って言わなかったけれど、ここからどうやって案を出すの」

「いやそれなんだがな。飯田先生の話は、出された要件を満たすには、今の体育祭じゃ不満、不十分だっていうことだと思ったんだ。ってことは今ある要素と似通ったことを提案しても大した意味がないだろ」

「だから、ここにない要素を今度は摘出するのかしら」

「いいや、ここに出ている要素の対極的な要素を書き出して、その中から現実味のあるものを摘出、さらには実現可能なものを組み立てるって算段だ」

「面白いわね。効率的だわ」

「そうかい」


結局、要素の分解・合成、解凍・圧縮なんかをしていき、現実味のある要素は、黒板上で黄色く囲われた。


 団体戦 やる気を出す 運動能力のみに非依存


これをうまいこと実現可能なものに仕立てる必要がある。実現可能なものに仕立てると言うのは突拍子もないような、見たこと聞いたことがないような、競技を提案するのではなく、今ある競技ないしありそうな競技に何かしらを付加するのが一つの理想形だと言うことだ。


「やる気を出すなら、賞金を出すとかかな」

「それだと、いろいろ問題が発生するわよ。一応、体育祭は教育の一貫なのでしょうから」

「でも、一番手っ取り早くい策だよな、人が二人寄れば賭けが始まるなんてことを聞いたことがある」

彼女は巷でいう馬鹿では決してないと思うが、馬鹿の思いつきは損得勘定さえ抜きにすれば大概はその問題の最適解だ。つまりは何かを賭ければやる気が出る、そう言うことだ。賭け、ギャンブル、ポーカー、バックギャモン、ただただ思いついたものを連ねてみる。まあ、思いついたとは名ばかりで、ただ頭の中に浮いてきたものを掬い上げてみたまでだ。その証拠に西洋双六が混じっている。賭け、何が魅力だ、金が入る、なぜのめり込む、金、賭けることへの高揚感、金は他のものに化ける、金を得るだけではなくその後にもうまみがある。だが、金でなくても、賭ける者に価値あるものとなりえれば、それで賭けが成立する。


はて、どうするか。


誰が、学生が、団体となりて、何を持って、運動能力以外でも戦える競技で争い、それに見合うと思わせるもの...


「研修旅行先、なんてどうだ」


「それが、報酬ってことかしら」

「ああ、研修旅行先をクラス対抗で決める」

「なんか、楽しそうだね」

「でも、それなら、クラス内で旅行先の全会一致が得られないと、クラス内でのやる気のムラが激しくなって、“やる気を出す”の本末転倒なのではないかしら」

「なら、学校や運営の方からいくつかの場所を提示してその中から選んでもらうとかなら、どう思う」

「いい感じもするけど」

「大して変わらない、よな」

「ええ、不本意ながらそれを選んだってなるだけよ。与えられたいくつかの案を黒板に連ねてどれがいいですかと多数決をとるのがいいところなのだから」

「だよな」

「でも、研修旅行先を賭けると言うのはいいと思うわ」

「うん、私もそれはいいと思う」

「じゃあ、対して知らない場所にするって言うのはどうだ」

「例えば」

「うちの研修旅行はオーストラリア、アメリカ、とか結構コロコロ変わってたよな、追浜」

「うん、確か行先でなんか銃撃かなんかがあったかで、変わった時もあったし、海洋...を勉強するとかでグアムになったとかも聞いたことがある」

「それはここ数年の話だよな」

「うん、そうだね。ここ5年の話であることは確かだよ」

「なら、前までここだったのに今回はここだといった具合の不満は出ない、か」

「なるほどね、どうせ多数決しかしないのなら、有権者の知識の乏しさを狙うのね」

「そうして、これまた授業の一環と言うことで、その地域について有権者達に調べさせる。そうすれば後天的に旅行先への楽しみを植え付けられる。団体で回る場所の決定権の半分程度をそのクラスに与えるなんて言うのはどうだ」


ここまで来れば、テンポよく議論が進む。もう、捻り出す段階は超えたからである。自分で言うのは些かおこがましいとは思うが、俺らを、座談部三人を持ってすれば、細かい調整なんてものは大した問題ではない。


とは言っても細かい調整なるものに物理的な時間を要すのは事実である。細かいからこそ、“テキトー”にやっていては、提案時にボロが出る。こだわるべきところにこだわれていない作品は人の目を一向にひかない。評価、批評、議論に持ち上がることすらなくなると言うことだ。






俺はこの関係に“執着”しているのか。

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