第20話 その時の彼は 全肯定するだけの確からしさを 持ち合わせていなかった

朝、登校すると飯田先生からの呼び出しがあった。


というか呼び出しがあったらしい。


机の中に何かの配布資料をメモ用に適当に裁断した紙切れに 登校次第来るようにと書いてあった。


いつの時代かのラブレターかを彷彿させるような呼び出しに少々困惑した。


いつの時代とかと抜かしたばかりだが、そのようなラブレターは漫画の一コマでしか見ない気さえする。




いずれにせよ、俺は呼び出しをくらい、いや 呼び出され、今現在 職員室前の扉に手をかけている。


失礼する気がない失礼しますという声を発しながら入室するとちょうどいいところに来たなと言わんばかりの飯田先生と目があった。


ただの白いベニヤ板で区切られた個室に俺は先導され、飯田先生は刑事ドラマの事情聴取を始めるようにして座った。




この個室とは到底言い難い個室により俺は恐らく壁の向こうにいるであろう上級生の説教くさい進路の話を聞かされた。そして、そのおかげで妙に胃を釣り糸で締められるような感覚に襲われ、異様な緊張感と嫌な予感のようなものが俺の中でよぎった。




「部活の調子はどうだね。」




そう先生は切り出した。




「それは数少ない数日間の活動日のことですか、それとも初の来客者についてですか。」


「好きなこ…いや思うことを話せ。」


彼女は何かを図るような口調と何かを図り損ねたような表情をしていた。


「数日の活動だけで“調子”を判断することはできません。というか僕はそれができる能力を持ち合わせていません。」


そうかと言うように彼女は自身の上半身の重心を後ろにずらすように椅子にもたれた。


彼女のこの仕草を納得したのだと捉え、教室に戻ることもできたであろう。


ただ、俺は聞かないわけにはいかなかった。俺が俺自身にそうさせたのであった。


「なんだったんですか、あの追浜っていうのは。」


この発言は彼女の予想にかっちりとはまっているような気がしていたが、今 この瞬間は それはどうでもよい思いつきとなっていた。


「というと。」


「彼女の話し方はあまりにも『セリフ』になっていた。彼女は異様に緊張していました。おそらく人前、いや注目されている状況下で話すのが苦手なのだろう。だからこそ、彼女は僕らの目の前に来る前に会話をシュミレートしたのではないでしょうか。つまり、それは飛び入りの、いや自発的に僕らのところに来たのではなく、あらかじめ提案をされたのではないかということです。」


そう俺が言い切ると彼女はすこしあきれたような言い方で言った。




「やはり君は考えることが得意な人間なようだ。」




そう、彼女はその答案に赤入れをしないで、コメントだけを添えた。




「ああいう感じの相談...とか話っていうのは、教員が受けるもんじゃないんですか。」


これは聞こえによっては不平不満の発言にもなるだろう。


しかし、俺に文句を言う時のような感情はなかった。


ただ、この無用にぬぐいきれずに いやに干渉して来る疑問が一因となり、俺が俺に対して不満を抱いていたというのは事実であろう。


「まあ、そうかもしれないがな。」


「あれは先生が直接...間接的に 座談部に連れてきたのではないですか。」


それを聞くと、彼女は再び体を起こし、俺の発言を髄まで味わうかのようにしてから言った。


「いいか、私には、いや 君たちの言う先生という人たちには、彼らの牛耳る区画内では生徒に対して権力を持っている。好きな時に生徒を呼び出せるし、課題も課せるし、説教もできるし、殴ることも蹴ることもできる。もちろん、それぞれの良し悪しに関しては、その範疇にはない。良し悪しの議論は別の場所でなされるものだ。だがな、西村、権力を持つということは その権力をいつでも行使できるということに繋がるんだ。」


入れ子的ではあるが、いつでも行使できないものは権力とは言わない。


俺は そう自身と彼女とを納得させるかのように内心でつぶやいた。


彼女の言うとおりである。だが、俺はその納得が嘘だったのかと思わせるような、疑念が俺の背後から突き刺さるようにして腹から抜けた。


この念は今の俺に必要なのか、今は現状のままでいいのではないか。


また わからなければ聞けばいいじゃないか。


だが、その俺を貫いた槍の切先には薬が塗りつけられていたのだった。




俺は発言に思考が作用せず、発言に呼吸が追い付かなかった。




でも、なぜ、何故、この目の前に座る権力を持つものは、彼女より権力を持たぬ者の中で


「俺らにしたんですか。どうして権力行使前の“観察期間”を俺らにしたんですか。」


俺はそう聞きながら腹を後ろに引くようにして力を込めた。


座談部の存在意義を問うかのような質問が自身を緊張させたのである。


「権力を行使しなければいけないタイミングを見誤らないためだ。」


彼女はそう端的に、だが考えるべき内容を放った。


「権力があるものほど、権力がないものをどう知り、どう動かすかが重要なんだよ。」


確かに実際、俺らは彼女の期待に即したかどうかは良いにしても、初の活動内容について情報を共有し、質問し、答え、尋ねられ、応じている。


そう、状況を整理していると 俺の脳内に押し寄せていた何かが引けていくのを感じた。




その余韻に浸っていると、俺はふと我に帰った。




この今までの一連の会話をどのようにまとめて席を立つべきか迷いながら何かを放とうしたとき、それを俺の口に押し込むように飯田先生は言った。


「西村、君はどう…どう感じているかね。」




俺は喉の奥の方で詰まっていた息の塊を、目の前の空間に載せるように吐き出し、少し腹に力を込めて息を吸い込み言った。




「普段より悪くない時間を過ごしていますよ。」




そう言って俺は腰を持ち上げた。


あとは足を教室へ向けるだけであった。




しかし、俺は 腰が2か3センチほど浮いたところで急に重力に吸われるようにして腰を落とした。




そして、俺は言った。


「飯田先生、その権力で俺らを雇わせてもらえませんか。」


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