第19話 俺は砂漠での弥縫策を持ち合わせていない
雪宮の座談部宣言とでも呼ぶべきかのような発言により“ざ談”が始まった。
俺は彼女のいう我々とい言葉に微々たる誇りと妙な微笑ましさを覚えていた。
俺は明らかに欠陥品とでもいうべきレコーダーのように脳内で“状況を再生”していた。
我々ね、我々か、我と我で我々だよな。我に我を足してザダンね。Theダン、ざだん…座…談
時として不良品の配線は前触れもなく偶発的につながり息を吹き返すかのごとく その本来の機能を示す。
俺はまさに“座”に反応して通電を復旧させた。
俺は これぞ そそくさ というように椅子に腰かけて、“座”談 に加わった。
「わたしには弟がいるんです。」
そう彼女は膝に置いた手を少し手前に引いて言った。
彼女に関する基本情報は俺らが聞くまでもなく彼女から伝えてくれた。
名前は追浜おいはまのなめ、学年は俺らと同一の2年生、クラスは違い、文系の生徒らしい。
そして、彼女は話題の弟について話を始めた。
「弟は中学三年生なんです。」
ということは いくつ歳下なのかと無用な算術をしていると、彼女はちらりとこちら側を見てから続けた。
「その...よくわからないんだけど、平たくというか、簡単に言っちゃえば“いじめ”られているのかな。」
俺は その三音からなる イ ジ メ というものに過敏に反応した。
「で、その弟は部屋から出てこないんです。」
「でも、普通に食事は取るんですよ、家族で。学校にはあまり言っていないけど...それでも一週間に2日くらいは行くし、よく聞く引きこもりの感じとは違うかな。」
彼女の話の中で核となる部分は冒頭のここまでだったようだ。
いや、別に皮肉や話し方がなっていないとかと言及するつもりはない。
むしろ、よくできた話し方であった。
初対面の我ワ...俺らがスムーズに理解できた。
さすが文系などとぬかしはしないが出来すぎな気さえした。
しかし、ここまでの彼女の発言で不明な点、というより言及されていない点がある。
それは 内容、行動の核心とでも言うべき部分だ。
そのほとんど家にいる彼は、
「もう、中三なんです。一応高校受験もあるし、学校がいいとは言わないけど、ずっと部屋にいたら弟が損をする。」
彼女は俺の脳内の声にかぶせるかのように、強く、線をはじくかのような声でそう言った。
まるで俺の思考を読んだかのような、いや 先回りしたかのような印象さえ受ける発言だった。
そうして、その教室は静けさに包まれた。
長時間座っていたことによる間接の稼働音さえ気にするような空間であった。
俺は少し前かがみになって今までの彼女の話を振り返った。
いや、今までの状況を振り返った。
座談とは言いつつ、彼女が話し始めてから俺らは一言も発していない。
追浜という女生徒の話を聞いていただけなのであった。
“清聴部”とでも言わんばかりの活動であった。
少しして雪宮がそっと風を送り込むようにして、追浜に尋ねた。
「どうして、“損”だと思うのかしら。別に崇めるわけではないけれど、パソコン一つで生計を立てる人もいるわ。」
確かにその通りである。
このようなことを公で声に出すのは少々阻まれるが、これだけネットワークが発達した世界で、仮想なり現実なり、ただコミニティーを作るだけならば、損をするという考えは不足している。
それに、友達なんてものはいなくても何ら困らない。これは俺が実感している。人間関係というものは懐からナイフを振るったら、一歩踏み込まないと当たらない程度の距離がちょうどいいのである。
「私が弟を認めてるからかな。」
追浜はそう少し照れ臭そうに言った。
「外に出てそれが失敗だったら戻って来られる、戻って来る場所があるなら、出てみてほしいなって。」
そう話す彼女を見て、俺は思い出したくもない過去が沸き上がり、それに付随する羨ましさのようなものが頭の中をよぎるのを感じた。
俺は彼女のその考え、いや“思い”に共振させられたかのようにして、言った。
「まあ、そうだな。環境があるのにやらないのは“ソン”なのかもしれないな。」
そういう俺を追浜は物珍しい動物か何かを見るような目で見ていた。
俺は彼女の視線から外れるように腰を少し引きながら続けた。
「でも、それを損得勘定するならの話だけどな。」
俺は、その発言に裏があることを滲ませながら言った。
俺自身が叩いたら埃まみれの表に対して裏が多すぎるいびつな形をした人間だから、それはもう表なんじゃないかと思うほどだ。
そして、また静寂な空間独特の音が流れた。俺の脈拍が二つか三つ打たれると、その静寂を否応なしに切り裂くチャイムの音がひびいた。
「お、一応初回ってことで今日は活動終了時刻だ。また、明日にでも来てくれないか。俺ら、顧問に報告するように言われているから。」
そう言って、彼女を返した。
ドアが閉まるのを見届けると雪宮は言った。
「報告なんてあったかしら。」
もちろん報告なんてものは存在しない。
例え あったとしても俺に知る由はない。
俺はこの活動前に飯田先生に合っていないからだ。
「いいや、彼女をとりあえず返して時間稼ぎをする口実だ。」
そういうと、彼女は はぁそうですかという顔をしながら、俺の脳内に流れる文字列を読むかのように俺を眺めていた。
そして 追浜が教室を後にしたのを再度確認すると、雪宮は何か雲のような 靄のようなものをかき消すようにして言った。
「助けなくても良かったのかしら。」
彼女は話を聞く限りで数本の答えらしきものを思いついたらしい。
それが解法なのか解答なのかは定かではないが、それらを心臓の周りにため込んでいるようだった。
「そうだな...」
俺は腰を椅子の上で滑らせるようにして天井を眺めた。
瞬時に彼女の質問に答えることができなかったのである。
建前上の“時間稼ぎ”だったのである。
「そうだな、むしろ 俺らが仮に示す解法は 解決策ではないかもしれない。」
彼女はわかりきっているが飲み込まないような、そのような表情をしていた。
「だったら、話すことくらいしかできないんじゃないかってな。それが、俺らの言う
“座談”なんだろう。」
俺はそう続けた。
あまりにも無責任な返答だった。
解法だの解決策だの抜かしながら彼女に まがいなりの解すら与えることができずにいた。
そして、何かを包括するように、また自己弁護するかのような口調を含んで発した。
「それを解決策とするか、皮肉とするか、良しとするか悪しとするか、それは人間と時間が主体的に非干渉的に判断することだろ。」
『腹が減っている人間に魚を与えるのではなく、魚の取り方を教えるのだ。』
そのような名言じみたものを聞いたことがある。
しかし、俺がやるのは
腹が減っている人間に魚を与えるのではなく、その取り方を教えるのでもなく、魚がとれるかもしれない方法を伝えることなのだ。
ここで、この一見似通っていて、筋が通っている二つに共通して存在する問題がある。
それは、腹が減っている人間が砂漠にいるかもしれないという点である。
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