第18話 彼女の宣言の重さを 彼は思い知る

「アイがゼロからニブンノパイまでのインテグラル…サインたすコサイン、ぶんのぉ、サインを求めろぉお」




そういって俺は、だはぁという、脱力とけだるさの象徴のような息を吐き、天井を見上げた。


俺は、ここ最近 朝と昼休みにしか立ち寄らなかった、ベストプレイスにて参考書を開いている。要は今日の課題を消化しているわけなのだが、講義で教わったことだけで、この問題が解ける気がしない。設問の右下にいやらしく書かれた大学名を見ると、その感覚の信ぴょう性が増してくる。


学級の奴らは お手持ちの黒い鏡面を持った板で調べて、仮想上のトークルームで“共有”するのだろうが、その他人に依存した課題の処理は果たして意味があるのかと俺は思う。




それで、その問いが できるようになればいいという言い分も理解はできるが、それは できたのではなく、他が用意した文面を複製した結果と他に固執したという事実だけが残っているように感じる。


要は その共有や助け合いという名の執着行為によって、いびつな格差ができ 損害を受けるやつが存在するというシステムが どうにも気に食わないのである。




ここで、「それで、君はその部屋に所属しているのか」などという突っ込みをするのは、よろしくないと思うぞ。そんなことはわかっている。






椅子の後ろの脚で体重を支えながら、天井と正面の壁の境を目でなぞっていると、右前方のドアが開いた。




「一人だぞぉ」




俺はそう、その境界に当てるように発した。




いつかのやり取りがふと頭によぎったのである。






雪宮は はいはい というようにして、後方にあった椅子を4・5メートルほど離しておいた。






「書類、通ったわよ。」


そういいながら、彼女は俺にシー オー ピー ワイ と赤く打たれた紙を向けた。




彼女は、座談部の申請書を飯田先生の元まで提出しに行っていたのだ。




「それにしても ここは、存在は知っていても入っていいのかためらうような教室ね。」




そういう彼女に“あぁ”と俺は返したが、その のどの奥のほうから発した音は、彼女に届いていたか定かではなかった。


まぁ、聞こえているかなどと聞くこともなく、いや、俺自身が 聞くまでに至らず、何となしに体が その空間に収まらないような感覚に襲われた。




俺は すこし焦るようにして教材をまとめ、立ち上がり ドアのほうへ向いた。


その“空間に収まらないような感覚”は『心地よさ故の居心地の悪さ』だったのかもしれない。




そして、いずれにせよ ここにとどまることに失敗した俺は左手をポケットから出し、前方へ伸ばした。




教室のドアを引こうとすると、まさに自動ドアのようなタイミングでドアが開いた。


眼の前には女性にしては短めで、男性にしては長過ぎるような髪型をした女性がいた。


「あっ、すみません。」


そういう、彼女の声をかわすようにして 俺は一歩と半分下がり、


喉の奥の方で、「お、おうよ。」と言いつつ、壁に背をつけた。


「あ、あの ユキ ミヤさんっていますか」


俺は、そう言う彼女の右肩のあたりから 教室の角の座席に 視線を滑らせた。


雪宮は ペンをノートの上に伏せるように置いて、ノートの裏表紙を持ち上げて それを閉じた。




「私よ。」


そう、その通りだ そう俺は言いそうになった。 まさに、そのような口調だったのである。




彼女は発言の最初の一音の 3分の1か4分の1くらいを出そうとしては飲み込みを幾度か繰り返してから、何かを決めたかのようにして 言った。




「あ、あの、実は話を聞いて欲しいんです。」




それを聞くと雪宮は、脳内で彼女の声を繰り返し再生するように間を置いてから言った。




「どうぞ、我々は座談部よ。」


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