第17話 それでも、芝居は芝居なのである
飯田先生から部活動の提案をされてから、何となしに“部活”という言葉が頭に薄く張り付いていた。4月か5月の上旬にやっていた 部活動勧誘の後、撤去を忘れられ、右下の生徒会の掲示許可印が薄くなり、左下が丸まったチラシが掲示板に貼られている。
俺は それを少し立ち止まってから、左目の端のほうで捉えた。
おそらく、今 俺が、右下の印だの、左下の角だの言うのも、その頭皮の裏側に張り付いたようなものが、俺に部活というものを意識させた結果の一部なのであろう。
そう 自分の頭の中を、何か境界のはっきりしない浮遊物のような思考が右往左往しているのを感じた。
重力に任せ 体を落とすように階段を降りながら、その振動に合わせるように腹の少し内側の筋肉を一気に緩めて、息を吐きだした。
振動によって その浮遊物を体の外に放り出したかったのかもしれない。
もし、それができたら俺はその放り出されたモノをまじまじと観察することであろう。
そのようなことを思いながら、その投げ出される様を描くようにして靴を放り、靴を履き替え一歩踏み出すと、右手にある校内の自動販売機が目についた。
財布を開くと、小さい銀色の硬貨が やたらと目立っていた。
残り物には福があるというが、使いずらい余り物は何となく毛嫌いされるのは 彼らも同じなのだろうか。
彼らを吸い込まない この機械を前にして、俺は銅色と少し大きめの銀色の硬貨を投入し、少し強めにボタンを押した。
不機嫌そうにガラガトンと吐き出された商品を取ろうと手を伸ばすと、げた箱を出る雪宮と目が合った。
「奇遇ね。」
「そうだな。」
そういって何となしに それぞれの進行方向のベクトルを同じにして歩き始めた。
この妙に気味が悪い静寂さが いつもと変わらないはずの俺の靴とアスファルトの擦れる音を増幅させている気がした。
俺は彼女を横目に見ながら、その何か収まらないような空間を切り出す機会を伺っていた。
このように言うと、この男に 気がよさそう、気が利きそうな印象を感じ取ることもできるのだろうが、実際のところは、部活という話題を切り出すことのできない、愚かで臆病な者の、人任せな傲慢と期待の産物なのである。
一言目を放つにはわずかに足りないほどの空気を吸い、その割には多く息を吐き出しを繰り返していると 俺の目の前の空気を一掃するかのような声が飛んできた。
「部活、考えた」
そう彼女は正面を向きながら語尾を上げて発した。
「まぁ、考えてはいるんだがな、なにせ部活なんてモンに加わったことがないからな。」
雪宮は目の前の信号機を少し見上げるかのようにしながら、何かを思いついたかのように続けた。
「そもそも、部活って何なのかしら…」
そういわれると 答えに困る。
というか、俺が加わったことがないから 明快な回答は ほぼ不能だ。
「まあ、普段やっていることの延長みたいなもんじゃないのか。ほら、あれだろ、昔サッカーやってて サッカー部とか、何か始めるにしても 縁もゆかりもないことなんて、わざわざ部活でやらないだろ。」
「まあ、それもそうね。」
いつもしていることと言ったら、学校祭が起因となった少々の会話しかない。
そして 俺は脳から声帯への片道直通最短最速バイパスを通って、思い付きを放った(放った/言った)。
「座談部、じゃねぇか…」
雪宮が、目の奥のほうを窺うような顔をして こちらを見ていた。
「いや、だから“座って、談じる”のザダン」
「わかってるわよ。」
慌てて何かを隠すようにして、彼女は少し俯いた。
「おぉ わりぃ」
「でも、なかなか いいんじゃないかしら。」
小さく咳払いをしてから、彼女はさらに続けた。
「確かに、今までの延長なら“座談”は納得だし、それだったら もう少し活動内容を付け加えられそうだし。話を聞くってだけでは、飯田先生も納得しずらいでしょうけれど、何か もう一つ部活になりえる活動を加えれば…」
そう話す彼女の横顔を見て、こういう芝居に付き合うのも悪くないなと 少しわざとらしく口角を上げてみせた。
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