第16話 俺に示せるのはペテンの壁なのだろうか

その後、飯田先生に先導されてたどり着いた先は応接室であった。


本来、応接室とは学外の来客の控室や座談室に使用されると思うのだが、俺にとっては、いや雪宮にもそうであるかもしれないが、“飯田先生との”面接室である側面を持つ。


まあ、側面とはいっても、俺にとっては“唯一の面”であり、これ以外にこの部屋に入ったことはこれまでにない。




「ルールル、みなさんごきげんよう、飯田の部屋でございます。」


口をミリ単位で動かしながら、学校内では数少ない柔らかい長椅子に腰を落とす。


「…何を言っているの。」


雪宮が入り口付近にあった、今は俺の背後にあろう花瓶を透視するかのような目で俺を見て言った。




「そりゃ、失礼した。」


自分でもさほど面白くない、つまらないことを言ったと思っいたため、これ以外の言葉は出なかった。…いや別に面白いこと言おうとしたわけではないし、むしろ面白いとか初めから思ってなかったし、いや、少しくらい笑ってくれてもいいんじゃないかとも思わないこともないが、別に笑ってくれなくてもいいし…




「じゃ、はじめるか。」


そういいながら飯田先生は腰掛けた。


先ほどまで脳内でしていた“仮想言い訳”を体の奥のほうに押しこみ、腰を少々あげて、再び椅子にかけなおす。




「それで、部活とは どういうことなんでしょうか。」




そう雪宮が切り込むように発した。


俺は驚きが混じった新鮮さを覚えながら、彼女の横顔を目の端のほうでとらえた。


そのまま眼球を正面に向けると、飯田先生は微量の新鮮さを含んだ 興味深そうな表情で、彼女を見ていた。いつだかの時代劇で見たような代官様のように、片側の口角を上げる彼女を見て、俺は鼻から抜けるように吹かして笑った。




飯田先生は、肩から上半身を前に押し出して続けた。


「そうだな、部活とはいっても、どこかを見学してきてほしいわけではない。」


俺は少々首をかしげるようにしたが、内心 彼女の言わんとすることに感づいていた。


しかしながら、俺はそれに納得できずにいた。


「私は君たち二人を見ていたいのだよ。」


飯田先生は俺らの拭いきれない疑問符を察知したかのような表情をして さらに続けた。


「君たちは、ほかの教員が思っているより厄介だ、いや 癖が強いとでも言ったほうがいいのかもしれん。だが、それと同時にほかの教員には認識できないほどの面白さがある。そういうと 私が優れてるようにとらえられるかもしれないが、そういうわけではない。君らの厄介さが先に立って、彼らはさじを投げただよ。」




飯田先生は眼球だけをこちらに残して、首の動きを眼球が後から追うようにしてうつむいた。


そして、ふっと肺にこもった空気を出すようにしてから彼女は漏らすように言った。


「まあ、その落下地点が私だから、君らを他よりは知る機会が増えたのだがね。」




俺は、彼女の言ったことを改めて脳内で再生して考えた。




飯田先生は、この“部活”とやらに何を求めているのか、それをどうとらえているのか。




俺はシナリオのない舞台に立つような感覚を覚えた。それと同時にその『シナリオのない“舞台”』は、それさえが織り込み済みの“戯曲”の一部なのではないか、そんなことさえ考えた。


そう考えると、彼女が放った“厄介”で“面白い”という部分が異様に真実味を増していくような気がした。ただ、その真実味を増した“ブツ”が肺のくぼみのあたりでうごめくような感覚が渋みに似たものを残していた。






これは閉鎖的な芝居なのか、何かを まとめるかのように自分に問いかけた。


そして、自問した問題文の『閉鎖的な芝居』というフレーズ妙な憤りを感じた。








その後も飯田先生の話は一時間程度 続いたが、その多くは事務的な話であった。




「それじゃ、どうも」


そういって俺は『飯田の部屋』を後にした。少し遅れて、鞄の留め具を調整しながら少し急ぎ足にも見える様子で雪宮が出てきた。




俺は少し水平成分に力を加えて靴を落としながら言った。


「部活だってよ。」


少し低く屈んだ位置から落下した靴がカタンと音を立てながら着地させてから彼女は言った。


「部活ね。」




通用門を出て、少し前よりは日が長くなったように感じるが、街灯なしでは少々心もとない道を歩きながら、問う。




「なにスルカ」




右側に見える街灯を見上げるようにして言う。あたかも街灯に聞いているようだ。




「何かないのかしら」




そう口からついてこぼれるようにして言った雪宮の横顔を見て、その何気ない、いつもなら耳にすら入ってこないようなフレーズに どこか濁った新鮮さを覚えた。


おそらく彼女はこの『“部”の“活動”』に何かを要求しているのだろう。


目的ではない、理由をつけたいのだ。これは推測の範疇だが、彼女は自身の行動に理由付けすることで肯定し、自己を認識したいのだ。


いつだかに言った、「俺らは神ではない、万物をいい方向に進めるなんて不可能なのだ」という虚妄が瞼に投影される。




じゃあお前はなんなんだ、自分なら何かできるとでも思ったか、お前だって、そう『俺らは神ではない』という、事実にも満たない、わかりきったことを引っ張り出して理由付けしていたのではないか。




                   一番の欺瞞の亡者は俺なのではないだろうか。




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