第15話 彼女だって疲れることを いまだ彼は理解していない
異常なほど重く、なかなか離れてくれない瞼を何とか開いて首を左に90度回転させる。永い眠りから目覚めたとき古代遺産のような音が首からしたのは気のせいだろうか。いつもなら平日の朝に見る時計は長針と短針の成す角が180度で机と垂直になっているはずなのだが、今日は短針が30度ほどずれている。
あぁ、一時間の寝坊…
一階に降りて朝食をとる。昨日の昼食の残りがあって助かった。
…そうだ、昼食だ。昨日は学校祭明けの月曜日の代休で、目を覚ましたのは15時30分。でさすがに何か食べるかと作り、どうせなら多めに作ろうとフライパンを振り、できたものを冷蔵庫に入れたのだ。そう、昼夜兼用だ。朝昼兼用ではない、“昼”と“夜”だ。
アルファ化した白米を電子レンジに放り込み、その合間に制服を着る。
いつもより鈍く身支度を済ませ、玄関のカギをしめる。
駅に向かう道がいつもよりにぎやかに感じる。
いつもはもっと家を早く出ているから当然だ。いつも以上に周りに学生やサラリーマンの姿が見える。電車の中は上着を着ていると蒸し暑く感じる陽気に追い打ちをかけるかのような熱気がこもり、俺のまだ抜けきらない疲れにも追い打ちをかける。
学校の正門ではジャージ姿の教員が仁王立ちをしている。
うちのクラスの体育教員だった気がするが、毎朝こうやって立っているのだろうか。
教室に入り、椅子を引きながら黒板の上の掛け時計を見ると、始業の15分前であった。
いつもより一時間遅く起きておきながら、遅刻にはならない。
自分でも少し感心してしまいそうになる。
「よお…」
腰を重力に任せて落としながら、そう言うと
「ずいぶんお疲れね。」
そう彼女が言った。
背もたれに上半身の体重を乗せて、少し上を見上げなら始業のベルを聞いた。
放課後になり、喉の奥で声帯から出た低い声を振動させながら、腰を椅子のふちまで滑らせて、教室内の掛け時計の秒針を追いかける。
本日の講義を振り返って得ることといえば、俺は何も得ていないではないかということだ。物は言いよう、少し哲学的に言ってみたが、とりあえずロボットのように写したノートの板書を見て、要復習だと改めて認識する。「よいしょ」と閉じた口の中で鼻から抜けるように発し、椅子にかけなおす。
少しだけ右を向いてから正面に向き直し、放った。
「お前はどうなんだ。」
「何のことかしら。急にそうやって話すの、やめたほうがいいわよ。」
「悪かったよ。朝、俺に聞いただろ、で、お前は疲れてないのか。」
「疲れは残っているけれど、別に大丈夫よ。」
「そうか。」
「いや、やはり疲れてるわね、私。全然ペンが乗らない。」
そういって雪宮は左手で左目を覆うようにしながら、広げていたノートの上にペンをコトリと置いた。
「何、書いていたんだ。」
「さっきの数学のノートよ。この、それぞれ多かれ少なかれ疲れているであろう、行事明けの登校日の午後に重要な“数学”を持ってくるってなんなのかしら。」
俺はそういいながらそのノートに書かれているインテグラルのあたりを見つめる雪宮を見て、肺の奥のほうをくすぐられているような感覚に襲われ、左の口角を上げて笑った。
「おかしい?」
とっさに彼女は、頬に疲れと気恥ずかしさが混じった赤らみを浮かべ俺にそう返した。
「いや、お前がそんなこと言うのを初めて聞いたからさ。」
「あら、初めて聞くと笑うのかしら。」
「人の話、聞いてたか。お前が言ったから面白かったんだ。」
少々納得しないような表情を浮かべる雪宮に俺はさらに続けた。
「あと、面白いっていうのは“ふぁにー”じゃなくて“いんてぅぁらすぅてぃんぐ”のほうだからな。」
少し笑いながら話したせいで、“ジャパニーズイングリッシュ”にも満たない発音で説明してしまった。だが、彼女が愚痴に似た不満を言ったことに無性な可愛さのような、ほほえましさを覚えたのは本当だ。
しばらくしてから鼻から抜けるようなため息をついて、俺は徐に腰を持ち上げた。
特に何の目的があるわけではない。なんとなく廊下を散歩したくなったのだ。
教室の引き戸の手をかけようとすると、まさに自動ドアのようなタイミングでドアがごろごろと音を立てて開いた。
「おぉ、西村か。」
「はぁ、西村です。」
少しわざとらしく飯田先生は顔をしかめながら俺を見てから、俺の頭の右側から覗くようにして教室を見た。
「お、雪宮もいるな。」
そして俺の目をちらりと見てから
「二人とも、ちょっと来たまえ。」
そういって、俺らを先導した。
しばらく、しばらくといってもほんの2~3メートルほど歩いてから彼女は口を開いた。
「まあ、後で詳しく話すが、あらすじくらいは今話しておく。」
俺と雪宮は目線だけを二人の中間点におくようにして 目を合わせ、再び先生に目を向けた。
「君たちに部活動をしてもらう。」
2~3秒のことであろうが、2分や3分、空気が抜けるような感覚に陥ってから、再び脳が酸素を得て、俺はただ こう反応した。
「は...ぃい」
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