第14話 俺には これくらいの苦みが 似合っている

その後、雪宮のJAZZの間に復活した生徒会バンドは予想通りに異例の盛り上がりを見せ学校祭初日は幕を閉じた。




生徒たちは17時ごろには完全下校となるが、実行委員はなんだかんだと忙しく動き回り、結局21時を目前にして委員の初日は終わったのであった。


なんとなく鞄を肩にかけ、なんとなく周囲を見渡す。その見渡した120度くらいの角度の中に彼女がいた。“行くか”そう問いかけると、“じゃあ、行きますか”となり、二人の補助員は駅に向かった。




もうあたりは暗く、道の左のコンビニが異様な存在感を反っている。そこから漏れる光を見て、彼女のJAZZがよみがえる。


「そういえば」


彼女がそう言った。俺は彼女から話しかけたという事実に多少の動揺を覚えて、それを隠すようにして鞄を肩にかけなおした。


「なぜ、私がピアノでJAZZが弾けるってわかったのかしら。」


俺は『ほ』と『は』と『あ』を混ぜたような声を発しながら、かすかに滲むアークトゥルス見つけてから答えた。


「そこ、こないだ左に曲がっただろ。そのときちょっとばかり古風なレコードが飾ってあるのをお前が見ていたからさ。で、その時見たやつを後で調べたら、“五つ取れ”って題で、ピアノがだいぶ入っていたから、弾けるんじゃないかってさ。」




照れ隠しの方法が曲名を無理な和訳にすることというのは自分でもどうかと思うが、そんなことはtake awa…調子に乗るな。




「それで?」


「『行くか』って言った次第だ。」


彼女は少し考えるしぐさをしてから


「そう。」


といい、少しうつむいた。




今思えば、彼女がJAZZに興味があるだけで弾けるなんて保証はどこにもなかった。


現に俺はJAZZやクラシックは好きなほうだが、ピアノはおろか、リコーダーすら弾けない。


それからは特に話すこともなく、いつもの革靴がアスファルトをける音と、スニーカーが擦る音とが入り混じって駅へ向かった。ただ、無性に気になるのは、いつもよりスニーカーのすり減る音がしていないように感じていることだ。


その胸の奥のほうをくすぐられ様な感覚に襲われていると、腰のあたりに回した鞄から妙な振動が伝わってきた。




「少し、いいか。」




そう俺は言って、鞄を前へ回す。鞄のふたを半分ほどあけて半ば手さぐりで震源を探す。


今思えば、別に許可を取るような発言はいらなかった。むしろ何も言わずに鞄を開けるのが自然であろう。そして小刻みに振動する物体を取り出す。


「アラームか。」


そういいながら、そういえば使うこともないから、鞄に無造作に放り込んだ記憶が脳内を横切った。




携帯の操作で唯一手馴れているアラーム設定を解除し、ポケットにそれを突っ込むと、中途半端に開いた鞄を覗く雪宮がいた。




「なんかあったか。」


「その…紅茶のカンがあったから…」




そういえば、舞台袖で捨てる場所もないから、鞄に入れておいたのだ。


でも、だからといって捨てる気にはならなかったし、別に今もそのような気は起きない。ただそこにある空き缶に妙な安心感に似た落ち着きと、その缶を見ただけで、今日の出来事がフラッシュバックされるような感覚を得ていた。






改札の頭上の電光掲示板によると、次の電車まで15分ほどある。


誰もいないエスカレーターに乗り、ホームに降りる。




彼女より15センチほど後ろに立って、向こうの車のヘッドライトを追いかける。


そのまま彼女をちらりと見て、後方の自販機に向かった。




ボタンを押して電子音を鳴らし、また同じボタンを押して電子音を鳴らしてから後ろを振り返る。少しくらい、そこから離れた人間の存在に気づいてくれてもいいはずだが、三秒ほど待っても彼女は そいつのほうを振り返らない。




「ほい、お疲れ。」


そういいながら出した缶コーヒーを見て、彼女は少し笑いながら言った。


「あと二日あるのに?」








「じゃあ、お前の演奏に乾杯だ。」




そういいながらプルタブを引き、口に含んだ一口目はいつもより苦く、いつもより長く舌に残り続けた。

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