第13話 闇よりも暗く、闇により澄む

なんだかんだとボヤキを吐きながらほこりをかぶっていたわけだが、もう終盤が迫り、観客も盛大に盛り上がろうとする空気が“盛大”になってきている。無論、舞台裏も小走りしながら委員がせかせかと作業を進めている。空き缶を彼らの通り道から外し、とりあえずカバンに入れることにした。そして、あといくつで生徒会バンドといったところで、発表者控室の担当が汗ばみながら、ステージ裏に入ってきた。


「すみません、何人か来てもらえませんか?」


すると、何人かが動いたのだが、その“何人”に雪宮がいたものだから、俺も無線片手に、重い腰を上げて後に続いた。








「なかなか面倒な事態ね。」


雪宮がそういった。まあ、この実行委員自体が面倒だが…などという突っ込みはどうでもいい。直前になって生徒会バンドのメンバーに けが人が出たというのだ。楽器の搬送中に何かやらかしたそうだ。


実行委員もどうしたものかとうろたえ、委員長は少々の逃げ腰をしながら、けが人の塩梅をうかがう。正直、それをしてけがが治るわけがないのだが、おそらく彼女にはそれくらいのことしかできないのだ。これは別に彼女を批判しているわけではない、むしろ、この事態においては批判をする気はみじんもない。俺だって、彼女の立場ならばそうしたのかもしれない。ボッチの俺に人のアンバイを気遣うなど、実際にはできないかもしれないが、“長”という立場になったことがない俺にはそうせざるを得ない、いやそこまでしか頭が回らない、そう感じる。


だが、今、俺はほこりをかぶった“補助員”だ。“長”でも“幹”でもない。“下”の“端”だ。俺は そこの住人らしく、やるべきことがあった。


肺にたまった数秒前の空気を吐き、いつもより2割ましで空気を吸い込み 口を開こうとすると、俺一帯の空気を遮断するかのように雪宮が言った。


「何をするの?」




俺は答えようがなかった。俺が今やろうとしていることは格好いいことでもない、きれいなことでもない、ましてや正義でもない。俺にはどうしたら善なのか わからない。




「…ちょっとな。」




そういって俺は奴らのもとに一歩踏み出し、半歩下がってから言った。


「別に、理由も理由なんすから、事情を壇上で誰かが言えば済む話じゃないすか。ましてやあなたらは生徒会だ、誰も何も文句ひとつ言わないでしょ。」




ぼっちというのは普段から会話をしないため、一息で話せる量が非常に少ない。だから、息を吸いなおそうと少し間を開けると、すかさず彼は言った。


「確かにそうだけど、そんなことできる訳がない。僕らだって…」




彼が続けようとするのを遮って俺は呼吸を整え、さらに続ける。


「じゃあ出るんすね?」


そういうと、一瞬の間のみ真空状態になるかのように静まったのち、彼らは言った。


「ああ、出るとも。」


「まあ、そうでしょう、だから…」


そう言いながら振り向きざまにけが人のほうを向く。


「委員長、あとそこの方、けがはあとどれくらいで何とかなりますかね。」


委員長が彼女を見上げたが、彼女は委員長をちらりとも見ずに


「30分、“さんじっぷん”冷やせば大丈夫です。」




けが人こそ戦意喪失な落ちかとも思っていたが、それはさらさらないようだ。


俺は改めて息を吸う。3割、4割増しで吸い込んだ。




「雪宮、行くか。」




彼女は少々の戸惑いを交えて、こちらに伸びる細いパイプを思わせるような目線を向けて答えた。


「ご要望は?」


俺は少しばかりの笑みを底にしまい込み、答えた。


「ピアノ、何が弾ける?」


「具体的に。」


「ジャズなんてどうだ。」


ヘアゴムを咥え、声には出さなかったが、彼女の「やってやるわよ」というのが聞こえた。


髪を一つに結った雪宮は異常に、反則的に、必要以上に似合っていた。


俺は抱えたパソコンを開きながら、無線で二階席のスポット証明担当に連絡した。


「今から、一人出る。バンドじゃない、女一人だ。彼女だけを照らせ、横のピアノで演奏だ。over」


バックスクリーンに演奏に合わせて照らす照明のプログラムを起動して、俺の準備が片付くと、威勢のいい強く、たくましくもある声が飛んできた。




「いけるわよ。」


「こっちもいいぞ。」


彼女は少しの笑みを浮かべて、俺を見た。


いつもならわからないはずだが、俺も口角を上げ、彼女を見る。




「じゃ、行くか。」




互いにそういうと、彼女は突然の注文で少しばかり遅れ気味のスポットに照らされながら、ピアノへ向かった。


いつかの俺が放った『また』という言葉がよみがえる。


あのとき不意に発した二音が俺に何かを与えた。そして今は、四音だ。


たったの二音しか変わらない。




だが、前とは決定的に違う何かがそこにはあった。


それは、信頼や信用と呼べるものなのか。俺はいつだかにそれを捨てた。無論、今更それを拾いに行こうなんて思わない。


だが、そこにはそれに値するような何かより強い結合を見た、そんな気がした。




椅子を上下させて位置を決めると、彼女は手をそっと鍵盤に向けた。


俺も彼女を視界の端でとらえながら、モニターを見る。




異様にステージの表と裏、スポットの光と影が際立つ。


光は灯らなければ光ではない。影は光がなければできない、光が強ければより際立つ。


そうなのか、違う。いや、より本心に近づけるなら認めてたまるか。


影は光がなければ闇となり、より黒く、より濁り、より深くなる。


影は光がなくても存在する。


だが光と闇が混在したそこには、光も影もなく、ただの灰に曇った空間となる。


夜の地面に映った街灯の光の淵のような場所だ。


それらは混じるとどちらにもいられなくなる。




でも俺という住人は、目の前の濁った世界に一つ、二つ、一滴、二滴と現れる光を見て、待って、期待して、望んでしまう。


黒はより複雑に濁り、闇はより飲み込んでいくとわかっていながら、俺の中で濁りながら沈んだ雫を失いたくはないのだ。探せば宝石のように現れるのだと押し付けてしまう。結局はただ、彼女をつかめなくなりそうで怖いのだ、つかんでしまって彼女が光を得なくなってしまうのが恐ろしいのだ。


だから、より濃く、より多く、より鮮やかな色を欲した。




俺の色は底なしになっていく。






お前は何色なんだ、雪宮。


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