第12話 率直なその苦みは彼に何かを知らしめる

さあ、青春を謳歌する学生らにおいて外せない行事である“学校祭”であるわけだが、俺は毎度のごとくほこりをかぶる仕事をする羽目になったのは言うまでもないであろう。


だが、俺は今、彼ら彼女らが盛大な浮足立ちようで、もはや宙に浮いているのではないかと思うほどの空間の一片に存在している。


自分で言うのも苦だが、このような空間に俺が少しでも介入していることは非常に珍しい。




ではなぜここにいるのか。その答えは俺が写真撮影という他人の青春の一ページを切り取る役目をしているからである。まあ、雑務…ではなく“補 助 員”の仕事の一部にこれが組み込まれていただけのことであって、『自分らも群れていたいから、面倒は置いておけばいいや』といった彼ら彼女らの個々が群れを成して、仕事を俺に投げたといったところだろう。


先に、“写真撮影”の役目といったが、この仕事の役職名は『記録係』であって、極端に言えば文字などで記録してもいいわけである。まあ、そのようなことをするつもりは、これっぽっちもないが… 今日は行内発表が主で、行内展示と有志によるステージ発表が予定されている。要はバンドとかダンスをするらしいのだが、俺は薄暗い部屋で照明や音響の調整をパソコン片手にやらなければならない。いいか、これ『ほ じ ょ』だぞと言いたくなってしまう。誰に言うか、それを考えたらおしまいだ。




さらにこの状況で自問自答を続けようとしていると、後ろから声がかかった。


「お、どうだね西村、はかどっているか?」


まあ、このタイミングでかけられる声の主は飯田先生しかいないよな。


「この仕事にはかどるも何もない気がするんですがね、そもそも“はかどる”の定義ってなんなのか分からないっすよ。」


「君は相変わらずだな、はあ ぼちぼちですとか、頑張ってますとか、もうちょい答え方がるだろう…まあ、君にそれができたら少しは苦労しないだろうし、私も今みたいに声はかけないだろうがな。」




飯田先生は、なあお前もそう思うだろと言わんばかりの表情をこちらに向けて、付加疑問を俺に放った。


よく、付加疑問文の答え方で日本語と英語では答えが逆になる、いや、本質的には考え方が変化するといったほうが適切だろうか、いずれにせよ、“はい・いいえ”と“Yes・No“の対応が紛らわしくなる。今の俺は定期試験会場でそれを度忘れして考え込んでいる生徒のような顔で「まあそうだよな」という表情を彼女に向けた。




「やはり相変わらずなのか。」


飯田先生は少しばかりのため息を交えた笑みを浮かべ俺の肩をポンと一押ししてから その場を去った。




校内発表は15時00分ごろにはあと二日間のことも考えて撤収作業に入る。


そろそろ、校内放送がそれを告げるころだ。




残すは有志による、ステージ発表のみだ。




首から下げていたカメラのレンズを外し、布をくるんでからカバンにしまい、再度腕時計を見て俺は実行委員会本部へカメラを置きに向かった。


廊下を歩きながら周りを見ると、一昔前のネオン街を想像させるような色めきを放ち、着いたり消えたり、激しく点滅したり、火花を散らしたりといった奇妙な『異空間』を作り出していた。だが、その異空間の中でも“異なる”俺は別次元空間とでもいうべきところに存在しているかのようだ。




本部のドアを引き、タイムテーブルを丸めて後ろに回し腰のポケットに突っ込む。


テレビのディレクターでも模したのか、少々の格好つけを含めた動作で、講堂へ向かった。




ステージ淵と垂れ幕の間に二人の生徒がスポットを浴びながら彼らなりに凝らしただろうネタを披露する。大衆の会話を参考にすると、やはり今回の目玉は生徒会バンドだそうだ。プログラム表を見る限り、バンドは全体の5割以上を占めているが、彼ら彼女らは『生徒会』が演奏することに期待を持っているようである。まあ、以前の生徒会選挙では異例の票を集めた“かいちょう”が演奏するのだから無理もないように感じる。




「調子はいかが。」


「この環境で生存できるのはここいらで俺くらいなもんだろ、常人じゃ、心身のどっかがやられる。」


「それはあなたが異常だと認めたようなものよ。」


「そりゃ、あいつらがおとぎ話のお花畑とハッピーエンドの住人だって信じてやまないんだよ。あと俺の場合“常人ではない”という方が正しい。」


「それは認めるのね。」


こんな会話が簡単に運ぶのは雪宮だけだ。飯田先生ではこうはいかない。


『だけ』という言葉に妙な快楽を覚えながら、眼球だけを上にあげると、彼女は金属の円柱を差し出した。


「お、さんきゅな」


妙な気分の高揚が“Th sound”がなっていない英語を繰り出した。


カシャリとタブを引き口に含むと、それは“ストレートティー”であった。


ふと彼女を見上げる。しばらく動いていないせいか、首の可動を感じた。


「お好みではない?」


俺はそういう彼女の顔を見て、いや、薄暗くて実際は“見た”とはいいがたいかもしれないが、俺は横隔膜を多少上下させてハッハと笑ってから


「いや、お前らしいかと思ってな。」


そう言って、250ミリリットルをのどへ流し込む。




その紅茶は、苦い甘さを残して俺の体にしみ込んだ。


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