第7話 彼らは群れることで自らを保ち続ける

昼休みの会議が無くても、放課後の会議は無くなることはない。


補助員の俺と雪宮は会議室で実行委員会のチーフメンバーの横に座り、各部門の報告や発言に意見や質問をするのが主な役目になる。雪宮を見ていると、彼女はこの役割に適任だと思うのだが、この役は見るからに反感を買い安い。だが俺らは発言側の痛いところや苦しいところを突かないと意味がない。


会議が始まり各部門から報告を受ける。

「ポスターのデザインが決定したので、後は開催日時や場所の情報を書き足すだけです。インターネットの特設サイトは順調に進んでいます。」

広報からの報告だ。

「うん、分かりました。特に問題はありませんね。」

なぜ、委員長はこんなに即答できるのか。聞く限り順調ではないし、そもそも報告になっていない。

横を見ると雪宮も何かを書き出していたのでツッコミ要素満載なのだろうが、彼女は今この場で発言する気はないようだ。だが、こういったツッコミは委員全員が聞いて意識しないと、効果が期待できない。後で個人的に言っても、状況の事実確認でしかなくなってしまう。

「あの...広報さん...結局、ポスターは いつ完成するんですか。」

「だから、えっと今、報告した通り...です。」

「いや、その報告がよくわからないんだけど...その現物はありますか。」

「えっと、パソコンの共有フォルダの広報にある...と思います。」

「実物が調達できていないのは遅れています。原本を印刷会社に送って、こちらに届いた後、周辺地域に許可を得て掲示しなければならないし、場合によっては修正を加えるので作業ペースを上げてください。今週中に業者に送付するのでよろしく。」

「...はい。」

「あと、今、その...特設サイトを見たんだけど未決定事項はともかく書けるところが書かれていない。この...『校長の言葉』とか『実行委員長の言葉』とかは決定も何もないですよね。まあ、学校祭に必要な情報ではないから時間がかかるようだったら掲載の取り止めも検討したほうがいいかと。」

「...分かりました。」


まあ、この後もツッコミ所満載の報告やそもそも報告なのか疑うような報告もあったが、ここで俺があまり発言してもただ難癖をつけたいだけだといわれるかもしれないからおとなしくしていた。


報告が終わり、「はぁいご苦労さん、みんながんばってるねぇ」といった雰囲気の後、各部門での作業に移った。


特に収穫がない会議だと思い、あくびをごまかしながら委員長に話しかける。

「あの...委員長、事実は事実として彼らに突きつけないとだめだと思うんすけど...」

「まあ、それは分かるんだけどあまり言ってやる気をなくしてもらっても困るからね...」

いや、『あまり』ってか『何も』言ってなかったよな...

「こっちでも各作業工程と期限を表にしてあるので、参考にしてください。後、俺は一応『補助員』なんで、やっぱり『委員長』の先輩が言った方がいいと思いますよ。俺が言うよりずっと効果的じゃないすか。」

はぁ、そういうもんかね と理解はしたが腑に落ちないといった感じに見えたが、それ以上は深入りしなかった。


ため息交じりに深呼吸をして、埋め立て工事の現場のように、ただただ溜まっていく雑務を処理している間に会議は解散となった。

結局、二時間ほど作業をしたが、長居をしても何ができるわけでもないし、雑務ならファイルを二つほど持ち帰って自宅でやっても変わらない。


ノートパソコンをスリープにしてカバンに入れ、血がたまって麻酔がかかったみたいになった腰と股を持ち上げて会議室を出る。ワンタッチでスリープして運んでもらえるパソコンがいやにうらやましく感じる。

部屋を出てドアを閉めようとノブを握ると雪宮が鞄を持って立っていた。

「...おぉ、どうぞ。」

これはどうもといった感じで彼女は敷居をまたぐ。

「レディーファーストなんてことを思っているのならやめた方がいいわよ。」


そんなもの考えるだけで嫌になる。そんな慣習を作った人間を抹消したいくらい嫌味な文句だ。


「大丈夫だ、レディーなんたらなんて俺には必要ない。」

「確かにあなたには持っていても使えない代物ね。」

「余計なお世話だ。」


雪宮なら、その容姿でいくらでもファーストされそうなものだが、そのたびにこんなことを言っているのだろうか...


「...で、今日の会議、どう思ったか聞いてもいいか。」


あまりにも抽象的で適当な質問にも見えるが、下手に考えて聞くと、雪宮の率直な意見が聞けないのではないかと考えた結果の質問だ。まあ、雪宮なら構うことなく意見しそうなものだが...なんせ、転入初日にあれができるやつだ、俺なんかの言い回しに影響されるとは思えない。


「...あんなものは会議ではないわね。」

それを聞いて、やはりそうかと納得する俺と、少しばかりかほっとする俺が混在した。

ほっとするというよりか、彼女と意見が違ったらどうしようと思っていた俺の懸念が晴れたといった方が正確かもしれない。

いずれにせよ、雪宮に見解は大まかに俺と一致しているようだ。


「問題を指摘し合わなければ作業が遅れるわ。それに、部門の報告にうなずくだけで、問題点や改善点を考えていない...脊髄反射はやめてほしいわ。」


そこまで言うのかと感じながら、雪宮の口からレディーファーストという言葉が出たことを思い出し妙な新鮮味を覚えた。


そんなことを考えていると雪宮の横顔が目に入る。雪宮は少なからず苛立っているようだ。さっきの質問はいささか不要だったように感じる。


「なあ、お前は『実行委員会』って何だと思う?」


俺の問いかけに対し、そんな質問を君がするかねといったような顔をして彼女は少しばかり天井を見上げるようにしてから


「...集団ね。」


と放った。それはそうだろう、何を当たり前のことを言っているんだと傍から見れば感じるだろう。実際、教室内で平井あたりがそんなことを言っていたら、そうやって抽象的なことを言った後、それらしい説明をつけ足して深みのある意見を演出しよとしているのだと俺自身が言っていたかもしれない。ただ、雪宮の言葉にそのようなことを言う気は起らないし、彼女に限ってそのようなことはないと感じる。俺が勝手に雪宮に自身の期待を押し付けているだけなのか、そんな風にも感じる。


でもやはり、彼女の言った“集団”が俺の中で妙にぴったりとあてはまる。


スマホを取り出し、自分が黒く映し出された板に向かい、「シュー ダ ン」と発声する。わっかがくるくる回り、

1 人や動物、また、ものが集まってひとかたまりになること。また、その集まり。群れ。

2 なんらかの相互関係によって結ばれている人々の集まり。

とよくできた説明が表示された。

雪宮の意図する集団は一つ目の方であろう。確かに、あれを『委員会』と呼ぶならば、サバンナには数え切れないほどの委員会が存在することになりそうだ。

二つ目の方だと『政治集団』というのがわかりやすい例であろうか。まあ、国語の成績が芳しくない俺の頭ではこれ以上の具体例を提示できないというのもひとつだが...

“なんらか”の関係、じゃあ俺は教室で独り者として他の生徒と互いに関わり合わないという-相互関係-で結ばれているのか、そんなわけあるまい。いや、あってたまるか というべきだろうか。奴らと結ばれることなんてなかったし、これからもない。

では、俺と雪宮は互いに独りで互いに触れないという相互関係によって結ばれているのか。

触れないで結びつける、ここまで相反した言葉が明快に並んでいるとむしろ混乱しそうになる。


ただ引っかかるのは、『俺と雪宮が・相互関係で結ばれている』という主述関係は妙に信憑性が感じられ、俺をいささか心地よくさえしているようにも見えることだ。


そうやって頭の中でもわっかをぐるぐるさせていると、雪宮の声が俺の意識の中にすっと線を引くようして聞いてきた。

「“シューダン”にあこがれでもあるのかしら。」

さっきまで考えていたことを踏まえると、否定するには少々差し支える気もするが、一息間をおいてから俺は言った。

「あこがれるか、そんな張りぼてに。」

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