第6話 その病が治り元に戻るなら、俺のモトは何なのか

我々、学校祭実行委員会は一ヶ月未満で学校祭を完了させなければならない。


だから会議と作業は昼休みと放課後をフルに使って進める。




学校祭を『完遂』させる上で準備に不備があってはならない。また、当日に予定通り進まない場合の対策を十分に練っておく必要がある。


別に豪華壮大な学校祭にする必要はない。学校祭実行委員会は場を提供して整えるだけで『理想の』学校祭にするのは個人がやるべきことだ。ただ、その『場』を無事に円滑に進めるのは実行委員会の義務であり責務でもある。しばしば世の高校生らは理想の行事にすることを『成功』と呼ぶようだが、理想や思想が学校やその他の生徒の理想に一致するはずがない。彼らの理想は彼ら自身で解決するべきで、他人に強いるどころか、共有させてはならない。




学校祭実行委員になれと言われ、初めは面倒だと思っていたが、思いのほかやってみるといいものだ。というのも、『実行委員で〜』と話を切り出すと学級の催しや他の面倒をやらなくても仕方がないと思われるからだ。実際、実行委員が楽なわけないし、面倒で、相変わらず1人だが、相対的に考えて『クラスのみんなでやり遂げる』という状況より、よっぽど行動しやすい。何より1人での作業が許される。


その点、体育祭ときたら...とも思ったりするのだが...




今日の昼休みも仕事はあるが、会議は開かれない。まあ、会議室を開けて各部門で作業を進めるそうだが、行っても俺にはメリットがない。それに俺がいなければ椅子が一つあまるから、他の実行委員が使える。


ふっ、俺って親切...調子に乗り過ぎか。




昼休み中、俺は教室でデスクワークだ。


駐輪場には机がないから作業ができないし、始業前に使う教室は最近鍵がかかっていることが多くなった。


校内でよく分からない人間関係のグループを作るくらいなら駐輪場に机の設置を求める会の設立の方がよっぽど有益だ。


筆記用具を取り出し、ノートパソコンの電源を入れる。起動するまで、今までに回収できた資料に目を通しながら問題点を洗い出す。パソコンで紙の資料をデータに起こし、それぞれの作業の進捗をグラフ化する。ここで敏感な理系ならば、グラフ化するには進捗状況を数値化しなければならないが『状況』などという定義があいまいになりかねないものを数値にするのは無理だと思うかもしれない。確かに、グラフに数値は欠かせない。しかし俺が状況をグラフ化する目的は『視覚化』することにある。口で進んでいないといっても、何も考えずに返事をして、みんなで頑張っているとかいう報告をして状況を『認識しない』のだ。彼らが何をしているかは知らないが、状況を把握しないのは、さらなる状況悪化を引き起こしかねない。だから視覚に訴えて発破をかけるのだ。俺自作の計算プログラムに数値を代入していく。


「西村君、ちょっといいかな。」


クラスカーストの頂点、平井ひらい 颯太そうただ。クラス内のもめごとに彼が仲介すれば、丸く収まり、それが結果として良いものだとは言えなくても、『あの時、平井がいなかったらもっと悪くなっていた』とより悪い状況と比較して彼を敬う。彼を置いて話を丸めこみ、より深く考えない奴らが俺は気に入らない。


「クラスの出し物の準備なんだけど、西村君にも一緒にやってほしいから放課後と土日が空いている日を教えてもらってもいいかな。」


「特に予定はない。まあ、実行委員会があるから予定に確実性はないが...」


「うん、じゃあシフトには毎日入れとくね。」


「いや、俺はクラスに協力する気はないぞ。」


「...えっ、クラスの出し物なんだからクラスのみんなで協力して完成させようよ。西村君だってクラスの一員じゃないか。」


「そのクラスの一員に出し物の存在自体、連絡が来ていないんだが。」


「でも、クラスのトークルームに書き込んだから、西村君が見忘れていたんじゃないかな。だけど、僕も二重三重に連絡していなかったから、これからは気を付けるよ。」




あくまでも、自身のミスは認めないというように聞こえるが...


「...お前、今携帯出せるか。」


「あるけど...」


「じゃあ、そのクラスのトークルームの登録人数を見てみろ。うちのクラスは40人、登録は38人のはずだ。」


「確かにそうだ。これからはクラスのトークルームに連絡事項を書き込むのはやめることにするよ。」


「いや、問題はそこじゃなくて、クラス内の全員に連絡できていないことだ。クラスの大半に一度に連絡できるんだから便利だし、これからも使うべきだと思うが目的が達成されていない。それと、登録していないのは雪宮も同じだと思うぞ。」


「わかった、気を付けるよ。」


まあ、俺も雪宮も実行委員だから企画書で確認はできていたが...


「本題からずれたが、俺はクラス展示には付き合わない。俺がいても変わらないし、俺の時間が浪費されるだけだ。他の奴らも俺がいる必要なんて感じていない。」


「そんなことないよ、何かできることがあるはずだよ。みんなで頑ば...」


「ねえ、そーおたー」


いやに鼻から抜ける声に抑揚をつけて彼を呼んでいるのは平井の視界にいたがる、神崎かんざきだ。


「何してるのお...何、そいつと話してたの。そんなん別にいいじゃん。」


「お宅の言う『みんな』の一人がそう言っていますよ、平井さん。」


「は、何その言い方、颯太に嫌味いってんの。そういう言い方し...」


「おい、神崎。」


平井のたった一言で、神崎は静かになり、うつむいた。


「昼休みも終わりそうだし、また何かあったら話すよ。」


そういって平井は机に向かう、神崎は平井の振り返り際に俺に敵対の目を向けた。




昼休み終了五分前のチャイムが鳴ると、机や椅子を引く音が多く聞こえる。


「ずいぶんと長く話していたわね。」


下を向きペンを走らせながら雪宮が発した。


内容が聞き取れなかったら明らかに独り言だ。それに、内容を聞き取った俺がこのまま返答しなくても彼女は何も言わず、何も示さないだらう。


「まあ、いつもの一週間分くらいの会話をしたな。」


「そんなに声を出さないと声帯がおかしくなると思うわ。」


「じゃあ、一緒に早退して内科行きだな。」




彼女が一瞬、俺の方を見た。いや、俺が彼女の視野角にいただけかもしれない。


少し体制を変え、彼女は再びペンを走らせる。


「私もあなたも声帯より複雑で症状が明快な『病』に侵されているのかもしれないわね。」


そう言っている彼女の眼は文字を書いている者の目ではなく、不透明なガラスの中を見透かそうとしているように見えた。




世間は俺のことを『病』に侵されているのではなく、『仮病』に浸かっているだけだと言うのだろうか。

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