第2話 その違和感は予感ではない

転校初日から驚くべきことをした雪宮だったが、俺としては周りを近づけたくない理由があるのだと思っていた。


例えば 家庭に何か複雑な事情があるとか個人的な秘密があるとか...




彼女自身が言いたくないのならば それ以上踏み込もうとは思わないし、むしろ周りがあれこれ言う方がおかしい。




もう転校から一週間が経つが転校初日の あの発言のおかげで もうクラスだけでなく同学年の生徒も彼女に近づこうとはしていなかった。


容貌はいいから いわゆるイケテル男子が何度か声をかけているのを見たが まあ予想通りの展開の後 もう目すら合わせようとしなくなった。




今日は体育の授業がある。


先週も体育の授業はあったが降雨のため 自習と言う名の雑談会になったいた。


俺にとっては好都合だった、と言うのも俺の学校の体育教師はやたら二人一組にするのが好きで 一応「クラス内の親睦を深める機会をより多く作る」とかいうご立派な目的のもと基本はそのペアで活動するから、どうやってもペアのできない俺は毎回 どう授業に参加していることを教師に認識させつつ一人でいるかを考えていた。まあ、毎回それらしい口実を考えるのに苦労するのも事実だが...




毎回 ペアを組ませるとか何なの?


なんか俺に恨みでもあんの?




しかし、さすがに口実のネタ切れだ。


毎回 似たり寄ったりな口実を使うと後で色々と厄介だ。


今回は 俺の嫌いな野球だから体調不良でも訴えて教室に戻ろう。野球自体は嫌いではないが、野球は各チーム9人のポジションが明確で一人でもいないとバレてしまうのだ。


これだからチームスポーツは...




教室に向かい後の扉を引くと そこには雪宮がいた。俺は彼女はとてつもなく運動が下手なのだと思った。そうすれば 転校初日の発言にもおおよそ合点がいく。


彼女は自分の席で本を読んでいた。


何の本かはわからないし 本の題名すらわからない。細かい刺繍が入ったカバーをしていた。


誰かが中途半端に閉めた窓から風が入り カーテンがなびく。


よくある教室の窓側の風景だ。


しかし 雪宮のあの姿が不思議とあの状況にぴったりと馴染んでいた。だが一方で馴染んで収まっているはずの雪宮が異様な存在感を放って見える、そんな気もしていた。




「座ったら」




そう言われて我に返ると、教室がいつもの色に戻った。




「...おう」




おそらく彼女の発声から5秒ほど経過してからの反応だった。転校初日に聞いた彼女の鋭く 物事の核を貫くような あの声をただの空気の振動としか判断できていなかった。


そのままでは ふとした瞬間に俺自身の何かに鋭い一撃を与えそうな気さえしていたのに...




「お前は体育 出ないのか。」


「出ていないから ここにいるのだけれど。」




まあ そりゃそうだ。


「何で 出ないんだよ」


「それを聞いてどうするの」


「どうもしない、っていうかどうもできないだろ。別に言いたくなければ言わなければいい、それだけだ。」


そうだ、雪宮はこういうやつだった。


その情報が無益だと判断したら言わないよな。


知っていたさ、俺もそういう人間だ。




「...面倒なのよ、ああいう他に強いられる見栄えだけの付き合いは。」






「ほぉ...」


「何かご不満かしら、あなたが質問したから答えたのだけれども。」


「いや、別に。」




「...そう。」




それ以上の会話はなかった。


そもそも 今のやり取りを会話と言えるのかさえ はっきりとわからない。




今も なぜ雪宮があの質問に答えたのかはわからない。


でも 彼女は その『見栄えだけの付き合い』とはどういうもので どうやって形成され その後どうなるのかを知った上で遠くを見透かしている気がした。






『見栄えだけではない付き合い』なんてこの世に存在するのだろうか。

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