第3話 その感覚に意味はあるのか

そろそろ暖かく心地良い気候から蒸し暑い夏になっていく時期だろうか。




朝の天気情報では梅雨入りしているということだった。


その割には例年より雨の日が少なく感じるのは気のせいだろうか。






朝の電車に揺られ駅から徒歩で学校に向かう。


いつもより雲が重く感じる。


傘を持ってこなかったのは間違えだっただろうか。




まあ これくらいの間違いは俺が何もしなくても時間が解決する問題だ。雨が降ってきても少し待てば 上がるだろう。




午前の授業は英語と古典だ。




しばしば学生の間で話題になる「日本人なのに または 日本に住むのに何故 英語を勉強しなければならないのか」についてだが俺は むしろ何故そのようなことが話題になるのかが分からない。というのも勉強の必要がないと自身が判断すれば勉強しなければいいと思うからだ。


教師たちはあれだこれだと理由をつけて机に向かわせるが 必要がないものを他人が理由付けして強制しても本人の身にならないし時間の無駄だ。


俺は かつて英語が出来ると世界が広がり世界中にたくさん友達が出来るとか言われたことがあったが、母国語の日本語ですら友達ができないのに何を言っているのだろうと内心は思っていた。




だがそう言いつつも、俺は英語を勉強しているし試験も受けている。俺は大学進学を考えているし 俺の志望大学は3つとも英語は必須だ。つまりは将来的なことを考えた上で必要性を感じて勉強しているのだ。






問題は古典だ。


中々 うまく理解できない。おそらく興味を持てずに勉強しているからだろう。


全国の学生も興味が持てない教科の一つや二つ あるだろうに、どのように対処しているか気になる。




古典の講義が始まったが、なんとなく理解が出来ない内容をただ聞きながら ふと窓の外を見ると雨が降っていた。




マジかよ..どこに昼休みいれば良いんだよ...






俺は昼休みは大体 駐輪場付近の階段で昼食をとっている。


教室には絶対に居たくないわけではないが、そこより良い場所があれば行くのは当然だ。風通しが良く昼休みの間は日陰になる。夏でも涼しく快適だ。




古典の講義をようやく終え昼休みになったが、雨が降っている。時間は解決してくれなかった。




仕方がないから教室の自分の席で食事をとる。


それにしても中々 雨がやまない、むしろさっきより強くなっているようにすら感じる。




午後の講義は数学・物理だ。


俺にとっては非常に都合のいい教科だ。興味もあるし内容は大まかに把握しているから余裕をもって講義を受けられる。必要ならば講義中でもお構いなく俺は問題演習をしている。




そういえば雪宮はどのようなことに興味があるのだろうか...


俺が見た限りだと国語・社会が得意そうだ。巷に言う「文系」というやつだ。


それと対比させるならば俺は明らかに「理系」だ。だからというわけではないが、彼女は俺には持つことが出来ない多くの観点と面白い切り口を持っている気がする。




午後の講義も終わり放課後となった。


帰宅しようとさっさと教室を出て下駄箱に向かう。靴を履き替え出口に向かう。




しまった、俺としたことがうかつであった。


さっきからずっと雨が降っていたではないか。それに見たところ一向にやみそうにない。ため息のような半端な深呼吸をして振り返ろうとすると、雪宮が遠くを眺めていた。






「何か用事でもあるのかしら。」


彼女から話しかけてくるとは思わなかった。しかし俺は驚かず、むしろ妙な必然性すら感じていた。


「...いや、別に。」


「何か言いたそうな顔に見えるけれど。」


「『何か言いたそうな顔』ってどんな顔だよ。」


「鏡で自分の顔を見てから もう一度その質問をしたらどうかしら。」


「自分の顔なんか見たくねぇよ。」


「...そうね、見てどうしろというのかしら...言った私もわからないわ。」




俺は日常における『鏡』が嫌いだ。


鏡に映っているものはすべて虚像だ。それなのに目の前のものを忠実に物理法則にしたがい一寸の狂いもなく映し出す。




『鏡』は『写したもの』を『映している』




俺はそう感じる。




『鏡』の内と外は絶対に交われない。


真実じゃないくせに 虚実なくせに、真実より正確で 真実とは正反対な存在。




...真実って何なんだ。




「そういうお前は何してたんだ。」


「何をしているように見えたのかしら。」


そう聞かれて少しの戸惑いと何かを解いて答えようとする切迫感と焦りのようなものが俺の中にあった。


「辞書の中から当てはめるなら『見ていた』なんじゃないか。」


「...そうね。」




おそらく俺はあれ以外のことを言うことが出来ただろう。しかし俺にはそれを言う必要性が感じられなかった。彼女ならば それを読み取り、俺とは別の切り口で考察することも出来るだろう。実際、微妙な間の後にこぼれように放たれ灰色の空に浮かべられた彼女の声が それを語っているように感じた。






改めて通用門の方を見ると雨が弱くなっていた。いや、靴を履き替えた時と変わっていないかもしれない。しかし俺は雨の中の帰路へ着いた。




いつもより雨粒が体に重く響く感覚を覚えた。

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