春の歪み ーボッチによる青春哲学ー

東 弘

第1話 それでも俺に春は来ない

青春


それは人生における桃源郷のような位置付けにある。




「青い春」と書くといつの日か「桜の春」とか「桃の春」が来るような特にこれといった根拠がない確信と期待が押し寄せる。




そのような感情は願望でしかない。




ただ夢に見た春を感じて追いかけているだけだ。




この高校生活では何も変わらない。








「何も変わっていないのは君の方だ、西村。」


職員室に呼び出されたと思ったら、またこれだ。日本国憲法では思想と言論の自由は守られていると参考書で読んだはずだが...


復習の必要がありそうだ。


「だいだい、君はどうして こうも別次元の救いようのないことを平気で書いて提出できるのかね。」


これは、長くなりそうだ。


こんな事に時間を割くわけにはいかない。


「分かりました。


この文章を見直して、もう一度 自分の意見としっかり向き合った上で 書き直します。」




今までの学校生活の経験から導き出した、この場面における最善の返事だ。


まず相手の言い分を理解したことを伝え、次に具体的な対策と行動を言い、最後に自分はこらから どうするのかをはっきりと伝える。


これで、明日に当たり障りのない無難だが 少し言葉を変えてオリジナリティを出した文章を提出すればいい。




俺は今までの学校生活は、いわゆるボッチであった。別に皆の言う友達とか仲間は俺には必要ないし、そんなものできたことがないから その良さとやらも分からない。


そんな表面的な、まるで合言葉のような単語で それがなくなれば いつでもいくらでも切り捨てられる関係なんていらないし何の役にも立たない。


だから俺はこの高校生活でも ボッチであることを苦痛に思わない。




このような考えを持って生活をしていると上手く切り抜けるための返事の仕方がなんとなく身についていた。




帰宅して 予定通りの書き直しをして布団に入った。






次の日 いつも通り 目覚める。


俺は基本的に一人暮らしだ。基本的にというのは親が海外にいることが多くて一年に二回程しか帰ってこないから、学校の書類上は保護者がいて連絡先も明確なわけであるが息子の俺でさえ連絡が取りにくいし、家にいないから実質は一人暮らしだということだ。


まあ 俺の場合は独り暮らしでもあるが...




今日から5月だ。


電車に揺られ歩いて登校する。


いつも通り 7時ちょうどに学校に入る。


生徒は まだ誰も来ていない。


校内を少し散歩して 俺のいつものベストプレイスに行き本を読んだり、参考書を開いたりする。


7時30分 他の生徒が登校して来た。


一年生は まだ学ランの大きさが合わずに 新しい生活を謳歌しようとしている。


三年生は そろそろ受験のことが気になるが6月に開かれる学校祭の準備に取り掛かっている。


二年生は学校祭に向けて何かをし始める奴もいれば 一学期中間試験の勉強をやる奴もいて様々だ。




俺は二年生だが特にすることは決まっていない。


いつも通り授業を受けて膨大な課題をやり 参考書を開き問題集を解く。


学校祭の準備に俺は必要ない。




8時ちょうどにベストプレイスを出て教室に入る。学校というカースト社会の中にある「群」が今日も集まり互いを探り合っている。


しかし、今日は群の中だけでなく教室中の空気が違う。何か変わったことがあるようだ。




ボッチは状況の変化に敏感だ。


状況の変化を察知しないと流れに置いていかれる。授業変更など誰も知らせてくれないから自分で情報を得なければならない。




始業のベルが鳴り、担任教師が前に立つ。


「今日は転校生を紹介する。


みんな仲良くしてやってくれ。」




教室中がざわっとして妙な期待が立ち込めた。




そういうことか。


朝の空気の変化の原因はこれだったのか。


まあ 俺には関係のないことだ。


そいつが上手く教室に馴染んでいけばいい。




教室の戸が開き、恒例の自己紹介。


名前は 雪宮ゆきみや 遥はるか


両親の都合で埼玉から来たそうだ。


髪は長く 特別いいわけでもないと思うが 歩けば学校の男子の目を引くような容貌をしている。


これなら学校に溶け込むのも一瞬であろう。




座席を指定され教室の窓側 最後列に座る。




朝のホームルームが終わると予想通り10人程度の女子とクラスの男子のカーストの頂点に立つ男子生徒が彼女の机の周りに集まる。




周りからの特に意味もない質問に難なく答えていくと思ったが、それは俺の読み違いであった。


彼女は 質問に対して答えようとせず、目も合わせない。3、4つ質問されたところで彼女は周りにたかる小動物を威嚇する猫のような目をして、こう言い放った。


「それを聞いてどうしたいのかしら。


別に無理して友達とやらになろうとしなくて結構よ。そんな今後 必要になる見込みが低い情報を得て何になるの。」




驚いた。


取り敢えず クラス内の関係はうまく作るものだと思っていた。彼女の言うことには同感だが それを実際に言って周りが遠ざかったら、その後の学校生活が面倒になるだろう。




まあ、これから関わりを持つことも ないだろうし大丈夫だろう。




しかし、関わりを持つことはないと分かっていても 彼女は俺自身と似ているようで、全く違う何かを奥底に持っているように思えた。




それは別世界で育って知るはずもないのに 何か互いに通じる細く歪んで絡まった糸で繋がっている そんな感じだった。

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