第1章



僕たち双子が、18歳になろうとしていた時だ。

電話に出た母の表情は今まで見たことがないくらい青ざめていて、何か良くないことが起きたとすぐに悟った。



「母さん、どうしたんだ?」

僕は母を支えながらできるだけ優しく声をかけた。


「ナイ…。父さんがね、父さんが…」



母はそのまま泣き崩れてしまった。

父さんがどうしたのか、母はそれ以上話すこともできず、ただ泣いていた。

何があったのか。母さんの状態からして父さんに何かあったのは間違いなかった。


僕たちが住んでいるのは首都から離れた小さな村だ。

父は今仕事に出ている。村の修理屋で働いているのだ。



「どうしたの?……お母さん?」

2階にいた妹が下りてきて、この状況に困惑の色を見せた。


「悪い、母さんを頼む。僕は父さんのところに行ってくる」


「え、ちょっと」


彼女の言葉には答えず、僕は家を飛び出した。


父さんが働いている修理屋までは歩いて15分程でそんなに遠いところではない。

道中、周りの声が嫌でも耳に入った。


「かわいそうに」

「まだ若いのに」

「運がなかったわね」


どういうことだ。なぜそんな不安になるような言葉ばかり聞こえてくるんだ。

僕はできる限り早く走った。



修理屋はいつも通り営業していた。

「いらっしゃいませー」

店員がいつも通り挨拶をした。


「すみません、ここで働いているレイト・ミディアの息子なんですが…。父はいますか?」


僕の問いかけを聞いた店員の男は明らかに表情が暗くなった。


「レイトさんの息子さんか…。レイトさんはここにはいないよ。」


「どういうことですか?」


「まだ聞いていないのか。レイトさん病院で''ユイスト''の可能性があると診断されたんだ。」


「''ユイスト''…」



聞いたことはあった。''ユイスト''。近年この国で聞くようになった病。どうしてこの病になるのか、どうしたら治るのかがわからない。所謂不治の病と呼ばれるものだ。

この病の症状は、手足の感覚が徐々になくなることから始まる。


店員の男の話によると、父はいつも通り修理をしていた際、誤って手に釘を打ってしまった。父はそのことに気づかず仕事を進めていたが、周囲にいた者が釘が刺さっていることに気が付きすぐ病院に行くよう促した。

その時父は思っただろう。なぜ自分は手に釘が刺さっていることに気が付かなかったのか。


処置を受け病院を出ようとした時、足の力が抜けその場に倒れ込んだ。何かおかしい。その時父の脳裏にも思い浮かんだだろう。

''ユイスト''。手足の感覚がなくなり、力が入らなくなる。体の外側からどんどん内側の機能が使えなくなっていく。症状が発症してから3年ほどですべての機能が使えなくなり、死に至る。



現在国でこの病にかかっている者は100人程。

進行の速度を遅くする薬はあるにはあるが、何回も買えるような値段ではない。


「父さん…」


僕はそうつぶやき、家にいる母と妹のもとへ帰った。




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