オレンジ売りのミケイラ

「もぎたてのオレンジ、美味しいオレンジはいかがですか」

 ミケイラは一生懸命声を張り上げますが、誰も足を止めません。それもそのはず、彼女の抱える藤かごには小ぶりで形の悪いオレンジばかり。そこを通り過ぎて大通りの果物屋まで行けば、ミケイラの庭で実ったものよりもっと大きくて色艶のいいオレンジがいくらでも買えるのですから。

 夕焼けが空を染める頃、ミケイラは売れ残ったオレンジを抱え、とぼとぼと町を出ていきました。町から小川を三つ越えた先にある家では、病気の弟とよちよち歩きの妹が待っています。両親を土の中に見送ってからとても聞き分けのよくなったふたりは遅くなっても怒りはしないでしょうが、だからこそ待たせたくはないのでした。

 小川を一つ越え二つ越え、三つ目に差し掛かった時です。ほとりに誰かが倒れていました。絹糸のような金髪の若い男です。このあたりでは見ない顔でした。

 ミケイラがおそるおそる近づくと、男はかすかにうめきました。

「水を……」

 そこでミケイラは両手でせせらぎを汲み、男に飲ませてあげました。男は身体を起こして言いました。

「食べる物も欲しい」

 ミケイラは売れ残りのオレンジを渡しました。男はすべてのオレンジを食べてしまいました。

「ありがとう。今夜が新月だと忘れていてね、うっかり力尽きて落ちてしまったんだ」

「どこから落ちたんですか?」

 ミケイラは不思議に思って訊きましたが、男は答えません。かわりに、よけていたオレンジの種をひとつ取ってミケイラに渡しました。

「この種を、明日から毎晩月の光に当てなさい。そして満月の夜になったら土に植え、ここの小川の水をたっぷりやりなさい。木が育ったら一番上に実ったオレンジだけ収穫し、誰にも見られない場所でふたつに切りなさい」

 それだけ言うと、男はいきなり姿を消してしまいました。ミケイラはびっくりして辺りを見回しますが、もとから人なんていなかったかのように、静かに小川が流れるばかりです。ただ、剥かれたオレンジの皮だけが残っています。

 ミケイラは空のかごと種をひとつ持って家に帰りました。

 次の晩から、ミケイラは言われた通りオレンジの種に月の光を当てました。月がだんだん太って真ん丸になった夜、弟と妹が寝るのを待って、ミケイラは種を庭の隅に埋めました。その上から水差しに汲んでおいた小川の水をかけてみると、なんと一瞬で芽が生えてきたのです。芽はぐんぐん伸びて、あっという間に大きな木に育ちました。そして次々に花が咲くと、すぐに落ちてたくさんのオレンジの実が成ります。ミケイラは木をよじ登り、てっぺんに実ったオレンジをもぎました。その大きさといったら、両腕でやっと抱えられるほど。満月の光を浴びてつやつやと輝いています。

 ミケイラはオレンジを台所に運び、包丁でふたつに切りました。すると、なんということでしょう。中からたくさんの金貨が出てきたのです。金貨はざらざら、ざらざらと溢れ、台所を半分埋めてしまいました。

 大金持ちになったミケイラは、高価な薬を買って弟の病気を治しました。そして、三人で仲良く暮らしたということです。


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