第4話
何とも言い難い距離感のまま、月日だけが過ぎて、オレも廣瀬も別々の中学へ進学した。
中学に上がってもダンススクールは辞めなかった。
13歳、中学1年の夏
ある日、廣瀬の様子がいつもと違う事に気がついた。
普段からそんなによく笑う方ではなかったが、より笑顔が少なくなった気がする。
ダンスも小さなミスが増えていた。
バスの中でも様子の変化は表れていて、あんなにいつも小説ばかり読んでいたのに
疲れているのか、寝ている時間が増えた。
いつものバスでの帰り道、
めずらしく廣瀬は小説を読んでいた。
「あれ、いつのまに2巻までいったんだ」
手元の小説が以前と違うことに気付く。
「今日からね、綾ちゃんは次の巻いくのに5年かかる~って言ってたけど、かからなかったよ」
「そんなのよく覚えて…冗談で言っただけじゃん」
「けど最近よくバスの中で寝ちゃってたから、予定より時間かかったなぁ」
…
「…廣瀬、最近さ」
「ん?」
「いや、やっぱりなんでもない」
「えー何?気になるんですけど~」
『最近何かあった?』
そう聞こうと思ったけど、やめた。
どんな答えが返ってきても、きっと曖昧な態度しかとれない。
踏み込む勇気がなかった。
13歳、春
結局何も聞けないまま、俺も廣瀬も中学2年に進級した。
「ハックション!はあ~…もうまじで花粉つら過ぎ、これだから春嫌いだわ」
「綾ちゃん花粉症?ボクは春が1番好きだな~気候良いもん」
「オレは夏が1番好き…寒いのは苦手だし」
「ほんとに?ボク暑いのだめだから夏嫌い」
「えー暑いのは我慢出来るじゃん、あっあとオレは夏誕生日あるから」
「そっか、ボクは冬生まれだからな~…ふふっなんかとことん真逆だね僕達」
14歳、
「えいっ」
「冷た!何⁉」
突然首筋に感じたヒヤッとした感覚に肩が震える。
「さっきコンビニで買ったんだ、綾ちゃんも飲む?」
「いやいい…ていうかよくサイダーなんて飲むね、口の中ベトベトしない?」
廣瀬が嫌いだと言った夏がきた。
この頃には廣瀬も元の調子に戻りつつあって、安心していた。
「ていうか綾ちゃんさっきから声大きいよ!静かに!バスの中だよ!」
「いやだってそっちが急に…!」
反論しようと隣を見ると、
手に持っていたサイダーがもう1冊の単行本に代わっていた。
……本当にマイペースというか、自分勝手な奴だ。
「…小説、どこまでいったの」
そう尋ねると
まぁぼちぼちかな、なんて
なんだか煮え切らない返事が返ってきた。
「7月が終わるまでに読み終えたいけど」
「難しいんじゃない?日に日に読むペース遅くなってるし」
「…だって、なんか寂しくて」
はあ?とオレが言うと熱のこもった瞳で問いかけてきた。
「だってさ!これ最終巻だよ⁉もう続きがないんだよ⁉寂しいじゃん
これで終わっちゃうと思うと、あんまり読み進めたくなくて」
…正直、自分には無い感覚だったから、戸惑った。
「それは…しょうがないでしょ、なんだって終わりはあるんだから」
「やだよそんなの、終わりなんて無くて良い」
そう言うと、視線を自分から手元の小説へ逸らした。
「…確かに、綾ちゃんの言う通り全ての物語に終わりがあるよ
ボクはそれが寂しくて、ずっと続くものだって、思いたいんだよ」
廣瀬とはまだ目が合わない。
「けどさ、」
「ずっと続いてほしいと願うのは、そこには確実に終わりが存在するっていうことを、分かっているからなんだよね」
「多分、1番終わりを意識してるのは、ボク自身」
矛盾してるよね、と言って笑う廣瀬が
どこか寂しく見えて
何と返すのが正解なのか、分からなくて
数十秒間、沈黙が流れた。
いつもなら平気なのに、オレはそれが
その沈黙が、なんだか怖く感じてしまって
咄嗟に話しかけた。
「そういえばさオレこの間廣瀬が好きそうな、」
ピンポーン
…
『間もなく△△~△△~』
「…あっごめん、綾ちゃん何か言った?」
「……何でもない」
この間、廣瀬が好きそうな小説を見つけたから、教えてやろうと思っていた。
バスが停留所に止まったのを見て
また明日言えばいいや、と思いやめた。
「それじゃボクはここで」
「うん」
「…綾ちゃん、なんかごめんね、変なこと言って」
「えっ別に、変なのはいつもの事だし」
「何それ!ひどいなぁもう…じゃあ、またね」
「うん、また明日」
バスを降りていく廣瀬の背中を目で追った。
そうだ、明日新しい小説を教える代わりに、
今読み進めている2巻目の内容もそろそろ教えて貰おうと思っていた。
翌日、
廣瀬はダンススクールに来なかった。
次の日も、またその次の日も。
突然自分の前から消えた。
「小説、どんな話だったんだよ、結局」
14歳の夏だった。
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