第2話
「あいつ」に、「廣瀬詩音」に出会ったのは12歳の時だった。
当時通っていたダンススークルが一緒で、最初の印象は
「意外と大人しい奴」
ただそれだけだった。
「意外」と思ったのは、一方的にではあるが
オレは以前から廣瀬のことを知っていたからだ。
オレだけではない、ダンススクールの生徒大半が廣瀬の事を知っていた。
というのも、廣瀬は10歳頃まで子役として活動していてドラマなどにも多く出演する人気子役だったからだ。
しかしある時、学業への専念を理由に突然テレビから消えた。
そんな元人気子役が目の前にいるのだから話しかけようとする奴が1人2人居てもいいものの、ちらちらと見ているだけで誰も話しかけない。
きっと皆、自分が思い描いていた廣瀬詩音と、目の前にいる廣瀬詩音とで、
ギャップを感じていたためだと思う。
実際、自分もそうだった。
ただオレは、廣瀬の名前こそ知っていても以前からさほど興味は無かったため
意外と大人しいんだな、と思うくらいで、それ以上何か深く感じる事もなかった。
それに加え、当時からオレはアイドルを志し色々なオーディションを受けていたがことごとく落ちていて、正直、他人に構っている余裕など全くなかった。
「テレビで見ていた時と違ってちょっと怖い」
「全然笑わないし何を考えているのか分からない」
とか言っている奴もいたが
当時からオレはスレた可愛げのないガキだったので、
人間あんなもんだろ
なんて。
思いながら、
ダンススクールからの帰り道、バス停まで走っていた。
ダンススクールへはバスで通っていて、自分がいつも乗る時刻のバスは利用する人が多く早くしなけければ席に座れなくなってしまうため急いでいた。
(はぁ~なんとか間に合った)
ギリギリ発車時刻に間に合い、席にも座ることが出来た。
…出来たんだけど、
車内が混んでいた上レッスンで疲れていて、何も考えずに取り敢えず空いていた席へ座ってしまったため、隣にいたあいつに気が付かなかった。
廣瀬詩音が座っていた。
「…あ」
目が合うと、廣瀬はそう小さく呟いてすぐに視線を下へ向けた。
「…」
正直、めちゃくちゃ気まずかった。
オレはそこまで親しくない人との間に生まれる沈黙が耐えられない性格なのに、
どうしてくれる。
こんな状況を作ってしまった自分に怒りを感じながらも、ちらりと隣に目をやった。
小説を読んでいた。
オレはとにかく、この沈黙をどうにかしたくて、
つい、話しかけてしまった。
「小説好きなの?」
そう尋ねると廣瀬は一瞬びっくりしたような顔をして「うん」とだけ応えた。
また少しの沈黙が続いた後
「芹沢くんも本とか読むの?」
と廣瀬から話しかけてきたので、
今度はオレの方が少しびっくりしてしまった。
「えっう~ん……そんなに読まないかも活字苦手で…」
いや、それよりも
「オレの名前知ってたんだ、廣瀬くん」
「知ってるよ、芹沢くんこそ、ボクのことなんて知らないと思ってた
あんまり他人に興味無さそうなんだもん」
…どういう意味だと思いながらも、思い当たる節がない訳でもない。
「オレそんな人に興味なさそうに見える?」
そう聞くと、ちょっとね、と言って笑った。
オレはこの時、廣瀬の笑った顔を初めて見た。
「…廣瀬くんさ、」
「呼び捨てでいいよ」
「えっじゃあ…廣瀬って呼ぶ……」
「なんで?普通に下の名前で呼んでくれて良いのに、照れてるの?」
違うし、と言うとまたクスクスと笑った。
「ねっていうかさ、廣瀬く…廣瀬って、その髪の毛地毛なの?前から気になってたんだけど」
恥ずかしくなり咄嗟に話題を変えた奴みたいになってしまったが、決してそういう訳ではない。
事実、廣瀬の髪の毛はすごく綺麗な栗色で、オレはそれが羨ましかった。
だからこの機会に、と思って聞いたのだ。
「え?あっうん、地毛だよ、ハーフなんだボク」
「ハーフ⁉そうなの⁉」
あぁどうりで…なんて思いながら整った横顔を眺めていると、
停留所のアナウンスがかかった。
ピンポーン
廣瀬が近くのボタンを押した。
「ボク次降りなきゃ、芹沢君は?」
「オレはまだ先」
『間もなく△△~△△~に停まります』
「じゃあボクはここで…」
オレは「うん」と返事をして、
(疲れたからバスで寝ようと思ってたけど、もっと疲れた気がする…気疲れだ)
なんて思いながら、廣瀬の背中を目で追っていた。
バスを降りる直前、
廣瀬が振り返り言った。
「またね、綾ちゃん」
その時の笑顔が、
ちょっと可愛かった
とか。
…やっぱりかなり疲れていたんだと思う。
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